お前だけを見ていたい、なんて本人には言えない。
海里side
薄暗い放課後の教室。
誰もいなくなった空間で、俺――多田海里(ただかいり)は、目の前で必死に顔を赤らめている少女を見つめていた。
名前は桜坂澪(さくらざかみお)。
クラスでも明るくて、誰とでも気さくに話す、いわば太陽のような存在だ。
「……だから、その、海里くんのことが好きです! よかったら、付き合ってください!」
「……いいよ」
俺は努めてクールに、いつもと変わらない低いトーンでそう返した。
驚きに目を見開く澪の姿はどこか小動物的で、少し面白かった。心の中では飛び上がって喜ぶほどの衝撃だったのに、生まれつきの無愛想な性格と、表情に出にくい体質のせいで、どうしても「塩対応」になってしまう。
こうして俺たちは付き合うことになった。
だが、学校内では周囲の目を気にして、一切の秘密――いわゆる「隠れカップル」だ。
これがなかなかに曲者だった。
澪は周囲に隠している手前、学校では俺に対して今まで通り(あるいはそれ以上にてれ隠しで)そっけなく振る舞ってくる。
授業の休み時間、他の男子たちが澪の周りに集まり、楽しそうに笑い合っている姿を、俺は席の隅から無言で見つめるしかなかった。
(……なんであいつらは、澪とあんなに楽しそうに話せるんだよ)
心の中で黒い感情が渦巻く。
澪はきっと、俺の前でだけあんな風にタジタジになって、他の男子とは普通に楽しくやっているんだろう。
俺なんかと付き合って、本当は退屈なんじゃないか。俺だけが一方的に澪に執着していて、澪にとっては数いるクラスメイトの一人に毛が生えた程度なんじゃないか――そんな情けない独占欲と劣等感が、毎日のように俺の胸を締めつけていた。
自分はなんて器の小さい男なんだろうと、冷めた仮面の下で歯噛みする。
だがある日、そんなすれ違いの日常が音を立てて崩れ(そして甘く溶け)始めた。
放課後、人目のない生徒会室の裏。澪がクラスの男子と楽しそうに話している現場を目撃してしまい、ついに我慢の限界を迎えた俺は、澪の手首を掴んで誰もいない階段の踊り場へと引っ張っていった。
「っ、海里くん……? ここ、誰か来たらどうするの……!」
怯えたように、でもどこか嬉しそうに俺を見上げる澪。その潤んだ瞳を見た瞬間、俺の中で何かがプツリと切れた。
「……お前さ」
いつもの低音だが、自分でも驚くほど掠れた声が出た。
「さっきから、あいつと何話してたの」
「え……?」
「俺以外の奴の前であんなに楽しそうに笑うなよ。見ててイライラする」
ぽかんと口を開けたあと、澪は顔を真っ赤に染め上げた。そして、信じられないものを見るような目で俺を見た。
「……え? 海里くん、それって……もしかして、嫉妬、してくれてるの……?」
図星を突かれ、俺は思わず目を逸らした。否定しようとしたが、言葉が出てこない。
俺の無言を肯定と受け取ったのか、澪はみるみる涙目になり、そして――嬉しそうに、ふにゃりと愛おしい笑みを浮かべた。
「よかったぁ……! 私だけ、海里くんに片想いされてるみたいで、嫉妬して苦しかったのに……! 海里くんも、同じだったんだ……!」
「……は?」
今度は俺の番だった。
澪が、俺に?
他の男子に嫉妬していたのは俺だけじゃなく、澪も同じだったというのか。
隠していたつもりの独占欲が、お互い様だったと知った瞬間。
俺の冷徹な仮面は完全に剥ぎ取られ、代わりに込み上げてきたのは、愛おしさと、どうしようもない独占欲だった。
「……勘違いすんな。俺はお前のことが、どうしようもなく好きなだけだ」
真っ赤になって俯く澪の頭を引き寄せ、誰にも見られない場所で、俺は初めて彼女の唇に自分のそれを重ねた。
秘密の恋は、冷たい塩対応の仮面を溶かし、熱を帯びて動き出す。
誰もいなくなった空間で、俺――多田海里(ただかいり)は、目の前で必死に顔を赤らめている少女を見つめていた。
名前は桜坂澪(さくらざかみお)。
クラスでも明るくて、誰とでも気さくに話す、いわば太陽のような存在だ。
「……だから、その、海里くんのことが好きです! よかったら、付き合ってください!」
「……いいよ」
俺は努めてクールに、いつもと変わらない低いトーンでそう返した。
驚きに目を見開く澪の姿はどこか小動物的で、少し面白かった。心の中では飛び上がって喜ぶほどの衝撃だったのに、生まれつきの無愛想な性格と、表情に出にくい体質のせいで、どうしても「塩対応」になってしまう。
こうして俺たちは付き合うことになった。
だが、学校内では周囲の目を気にして、一切の秘密――いわゆる「隠れカップル」だ。
これがなかなかに曲者だった。
澪は周囲に隠している手前、学校では俺に対して今まで通り(あるいはそれ以上にてれ隠しで)そっけなく振る舞ってくる。
授業の休み時間、他の男子たちが澪の周りに集まり、楽しそうに笑い合っている姿を、俺は席の隅から無言で見つめるしかなかった。
(……なんであいつらは、澪とあんなに楽しそうに話せるんだよ)
心の中で黒い感情が渦巻く。
澪はきっと、俺の前でだけあんな風にタジタジになって、他の男子とは普通に楽しくやっているんだろう。
俺なんかと付き合って、本当は退屈なんじゃないか。俺だけが一方的に澪に執着していて、澪にとっては数いるクラスメイトの一人に毛が生えた程度なんじゃないか――そんな情けない独占欲と劣等感が、毎日のように俺の胸を締めつけていた。
自分はなんて器の小さい男なんだろうと、冷めた仮面の下で歯噛みする。
だがある日、そんなすれ違いの日常が音を立てて崩れ(そして甘く溶け)始めた。
放課後、人目のない生徒会室の裏。澪がクラスの男子と楽しそうに話している現場を目撃してしまい、ついに我慢の限界を迎えた俺は、澪の手首を掴んで誰もいない階段の踊り場へと引っ張っていった。
「っ、海里くん……? ここ、誰か来たらどうするの……!」
怯えたように、でもどこか嬉しそうに俺を見上げる澪。その潤んだ瞳を見た瞬間、俺の中で何かがプツリと切れた。
「……お前さ」
いつもの低音だが、自分でも驚くほど掠れた声が出た。
「さっきから、あいつと何話してたの」
「え……?」
「俺以外の奴の前であんなに楽しそうに笑うなよ。見ててイライラする」
ぽかんと口を開けたあと、澪は顔を真っ赤に染め上げた。そして、信じられないものを見るような目で俺を見た。
「……え? 海里くん、それって……もしかして、嫉妬、してくれてるの……?」
図星を突かれ、俺は思わず目を逸らした。否定しようとしたが、言葉が出てこない。
俺の無言を肯定と受け取ったのか、澪はみるみる涙目になり、そして――嬉しそうに、ふにゃりと愛おしい笑みを浮かべた。
「よかったぁ……! 私だけ、海里くんに片想いされてるみたいで、嫉妬して苦しかったのに……! 海里くんも、同じだったんだ……!」
「……は?」
今度は俺の番だった。
澪が、俺に?
他の男子に嫉妬していたのは俺だけじゃなく、澪も同じだったというのか。
隠していたつもりの独占欲が、お互い様だったと知った瞬間。
俺の冷徹な仮面は完全に剥ぎ取られ、代わりに込み上げてきたのは、愛おしさと、どうしようもない独占欲だった。
「……勘違いすんな。俺はお前のことが、どうしようもなく好きなだけだ」
真っ赤になって俯く澪の頭を引き寄せ、誰にも見られない場所で、俺は初めて彼女の唇に自分のそれを重ねた。
秘密の恋は、冷たい塩対応の仮面を溶かし、熱を帯びて動き出す。
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