藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 場所は偶然にも白川医科大と最寄駅が同じ女子大学の図書館だ。
 彼女の母校なのだという。友人が職員としているので、誘われたらしい。
 職場が近いので一度確認しにいったが新しい建物でほこりっぽいこともなく、危険そうでもないので大丈夫と判断した。
 職場が近いのでなにかあった時に対処しやすい。
 家から大学までも電車で一本の距離だし安全だから心配することはない……。
 ——いや、本当に?
 目の前で美味しそうにニコニコと食べている藍を見つめながら、彬は急に不安になっていく。
「……電車で行くのか?」
「もちろんです。このお家、本当に便利なところにありますよね。乗り換えがなくてありがたい」
「ああ、そう……だな。ちなみに、電車に乗ったことはある……よな?」
「もちろんあります」
 恐る恐る尋ねると自信満々の答えが返ってきてほっとする。
 さすがにそこまでではなかったか……。
 けれど次の言葉にギョッとする。
「ひとりで乗るのははじめてなんですけどね」
 なら、タクシーを使えという言葉が喉のところまで出かかるが、テーブルに置いた拳をぐっと握りしめて、彬はその言葉を飲み込んだ。
 彼女は自由がほしくて結婚した。
 便利さや安全さよりもやったことのない経験の方が最優先。
 ここで車にしろと彬が言うなら、父親と同じになってしまう。
 すなわち契約違反だ。
 ——だがしかし。
 拳を握り耐える彬の視線の先で藍は懐かしそうに目を細める。
「一回だけ乗ったことがあって。中学生の時の、社会見学だったかな? 科学館に行った時にクラスのみんなで乗りました。……楽しかったなあ。プラネタリュウムって今もあるのかなあ?」
 数少ない学校行事の思い出なのだろう。本当に嬉しそうだ。
 だが彬の方は、それどころではなかった。
 ——どうしたらいい?
 どうしたら、彼女の自由を邪魔せずに安全を確保できるのだろう?ということで頭がいっぱいだった。
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