藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 慌ててそう言うが、そんなことで親友の目は誤魔化せない。
 じーっと見られて仕方なく皮剥きを教えてもらった際に、後ろから手を支えられてドギマギしてしまったことを白状した。
 陽菜が「ひゃー」と声をあげた。
「なにそれなにそれ。形だけの結婚なんていってしっかりラブイベント発動してるじゃん」
「え? いやそういうんじゃないよ……。そうじゃなくてあれは私が勝手に……」
 彼の方はあくまでも真面目に指導してくれたのだ。
 それに自分が過剰に反応してしまった。でもそれも特別な意味などなくただはじめて男性との接近にドキドキしただけなのだ。
 陽菜がふふふと笑った。
「でもドキドキしちゃったんでしょ?」
「一瞬ね。彬さんは男の人だから。でもそれだけ」
「そう? ま、一緒に食事したなんて、仲良くしてるみたいでよかったよ。意外と順調な滑り出し」
 安心したようにそう言って、陽菜は再びうどんを食べる。
 その言葉にハッとして、藍はきつね色のつゆを見つめた。
 大変なことに気がついてしまった。
"お互いに極力相手のことには口出ししない"
"なるべく関わらないで生活する"
 それが結婚するにあたっての約束だった。
 それなのに、昨日はその決まりを破ってしまった。
 ——一緒に料理をして、食事まで……。
 きっと彬の方は無謀な藍の料理を見て、黙っていられなかったのだ。いやいや付き合ってくれたに違いない。
 だとしても断らなくてはならなかったのに。同居して第一日目から間違えた。
 ——なにやってんの私。楽しんでる場合じゃないでしょ!
 親切だったなんて、のほほんとしていてはダメなのだ。
 料理をする彼があまりにもすごくてそんなことすべて頭から吹き飛んでしまっていた。
 彼は、シチューははじめて作ったはずなのにまったく躊躇うことも迷うこともなく、テキパキ作業していた。手つきや調味料の計量が、少し実験っぽかったのが気になったが、そのお手並みは惚れ惚れした。
 それでいて"かき混ぜる""材料を鍋に入れる"などの簡単で失敗のない作業は藍にやらせてくれたのだ。指示の仕方は的確で、やはりどこか実験ぽく藍はまるで助手になったような気分だった。
 とにかく楽しかったのだけれど、本来はあってはならないことだった。
 ——そのうえ、一緒に食べるなんて……!
 当然のようにテーブルについたけれど、なにを考えているのかと思われていただろう。
 それなのに自分はペラペラと中学時代の思い出を喋っていたのだ。思い返してみれば後半、相槌もなくなり難しい顔でなにやら考えていたような……。
 初日から、約束を違反するなんてなんてやつだと思われたのかもしれない。最悪、結婚はなしだと言われてもおかしくはない。
 そしたら自分はせっかく手に入れた自由を失ってしまう。やりたいことはまだまだあるのに。
 ——次は絶対にミスしない。絶対に彬さんには関わらないぞ。
 うどんをつるつる食べながら、藍は気持ちを引き締めていた。
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