藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
当たり前のように迎えが来ると思われているのは、これまでずっとどこへ行くにもタクシーか父親が雇った運転手での送り迎えだったからだ。
「うん、三時。だけど帰りは電車だよ。てゆうか、朝も電車だったんだ」
少し甘い揚げをもぐもぐしながら、得意な気持ちでそう言うと、陽菜が「ええ⁉︎」と声をあげた。
「電車で来たの? 本当に……?」
そんなに驚くことかな、と思いながらこくんと頷く。
「だって家からここまで乗り換えなしの一本だし、タクシーなんてもったいないでしょ」
父から自立した今の藍の生活費は医療費以外は彬の収入から。娯楽費は自分の貯金から——といってもそれは母方の祖父からの相続した財産だ。
医療費と本にお金がかかっている分それ以外はできるだけ節約したい。
そしてなにより"電車での通勤"という行動自体が藍とっては憧れのイベントだ。
「もったいない……。まあ確かに。だけど藍、電車乗ったことあったっけ? 大丈夫だった?」
びっくりされただけでなく心配もされてしまい、藍は口を尖らせた。
「あるよ、ほら中学の時科学館に行ったでしょ。それにテレビでも見たことあるし」
「まぁ、そうだけど。ICカードちゃんと使えた?」
「ああ、あれね。それはちょっとびっくりした。彬さんが切符じゃなくてICカードを買う必要があるって教えてくれたから、早めに出て買ったんだけど……」
「だけど?」
「どこで買えばいいかわからなくて困った。でもすぐに係の人が来てくれて、一緒にやってくれたから問題なかったの。しかもその人が、行き先の駅も聞いてくれて乗る電車のホームも教えてくれたんだ。あれがなかったら逆方向に乗ってたかも。どうしてかホームを逆だと思い込んでたから……。地下鉄って中に入ると景色がわからないから方向感覚狂っちゃうんだね」
思い出して笑っていると、陽菜がほっと息を吐いた。
「駅員さんナイス」
「ね」
本当にあれはナイスなタイミングだった。
「私、一回やったことは覚えていられるタイプだし帰りは問題ないよ」
「まあ、なら気をつけて帰りなよ。それにしても旦那さん意外と優しいじゃん。ICカードのことおしえてくれるなんて……てか、意外と会話してるんだね。まったく関わらないって話だったのに」
その言葉に藍は顔をしかめた。
本当の夫婦ではないのに『旦那さん』呼びはちょっと微妙。ニヤニヤしてるのはもっとよくない。まだ、あの話を引きずっているなと思い藍はため息をついた。
「体調が崩れると迷惑がかかるから、お出かけとか予定は報告してるの。ひとりで行くのがはじめてだって言ったから心配してくれたんでしょ」
「でもヒューマロイドなんでしょ? 心配してくれるなんて意外」
「陽菜までわっくんの話を鵜呑みにして……。彬さんヒューマロイドっていうほど冷たくないよ。ちゃんと人間」
その呼び名は悪意があると藍は思う。これまでの彼の言動では少なくとも藍はロボットだなんて思わない。
「へえ、そうなんだ。たとえば?」
「たとえば、昨日私、料理をしようと思ったんだけど、まったくうまくいかなくて……。まあそれはいいんだけど、途中から彬さんが見かねて手伝ってくれた。っていうかほとんど作ってくれた」
「ええ? 料理を一緒にしたの? それは優しい」
「でしょう? その上アドバイスもしてくれたよ。君は計画性がないとかなんとか」
「……それは、ダメ出しじゃないかな」
呆れたように陽菜が言う。
そういう見方もあるにはあるが、藍にはそうは思わなかった。はっきり言ってくれるのはありがたい。
「それに、皮剥きも教えてくれて……」
そこで頭にある出来事が浮かび、頬がぽっと熱くなった。
「ん? どうした?」
「う、ううん。なにも……」
「うん、三時。だけど帰りは電車だよ。てゆうか、朝も電車だったんだ」
少し甘い揚げをもぐもぐしながら、得意な気持ちでそう言うと、陽菜が「ええ⁉︎」と声をあげた。
「電車で来たの? 本当に……?」
そんなに驚くことかな、と思いながらこくんと頷く。
「だって家からここまで乗り換えなしの一本だし、タクシーなんてもったいないでしょ」
父から自立した今の藍の生活費は医療費以外は彬の収入から。娯楽費は自分の貯金から——といってもそれは母方の祖父からの相続した財産だ。
医療費と本にお金がかかっている分それ以外はできるだけ節約したい。
そしてなにより"電車での通勤"という行動自体が藍とっては憧れのイベントだ。
「もったいない……。まあ確かに。だけど藍、電車乗ったことあったっけ? 大丈夫だった?」
びっくりされただけでなく心配もされてしまい、藍は口を尖らせた。
「あるよ、ほら中学の時科学館に行ったでしょ。それにテレビでも見たことあるし」
「まぁ、そうだけど。ICカードちゃんと使えた?」
「ああ、あれね。それはちょっとびっくりした。彬さんが切符じゃなくてICカードを買う必要があるって教えてくれたから、早めに出て買ったんだけど……」
「だけど?」
「どこで買えばいいかわからなくて困った。でもすぐに係の人が来てくれて、一緒にやってくれたから問題なかったの。しかもその人が、行き先の駅も聞いてくれて乗る電車のホームも教えてくれたんだ。あれがなかったら逆方向に乗ってたかも。どうしてかホームを逆だと思い込んでたから……。地下鉄って中に入ると景色がわからないから方向感覚狂っちゃうんだね」
思い出して笑っていると、陽菜がほっと息を吐いた。
「駅員さんナイス」
「ね」
本当にあれはナイスなタイミングだった。
「私、一回やったことは覚えていられるタイプだし帰りは問題ないよ」
「まあ、なら気をつけて帰りなよ。それにしても旦那さん意外と優しいじゃん。ICカードのことおしえてくれるなんて……てか、意外と会話してるんだね。まったく関わらないって話だったのに」
その言葉に藍は顔をしかめた。
本当の夫婦ではないのに『旦那さん』呼びはちょっと微妙。ニヤニヤしてるのはもっとよくない。まだ、あの話を引きずっているなと思い藍はため息をついた。
「体調が崩れると迷惑がかかるから、お出かけとか予定は報告してるの。ひとりで行くのがはじめてだって言ったから心配してくれたんでしょ」
「でもヒューマロイドなんでしょ? 心配してくれるなんて意外」
「陽菜までわっくんの話を鵜呑みにして……。彬さんヒューマロイドっていうほど冷たくないよ。ちゃんと人間」
その呼び名は悪意があると藍は思う。これまでの彼の言動では少なくとも藍はロボットだなんて思わない。
「へえ、そうなんだ。たとえば?」
「たとえば、昨日私、料理をしようと思ったんだけど、まったくうまくいかなくて……。まあそれはいいんだけど、途中から彬さんが見かねて手伝ってくれた。っていうかほとんど作ってくれた」
「ええ? 料理を一緒にしたの? それは優しい」
「でしょう? その上アドバイスもしてくれたよ。君は計画性がないとかなんとか」
「……それは、ダメ出しじゃないかな」
呆れたように陽菜が言う。
そういう見方もあるにはあるが、藍にはそうは思わなかった。はっきり言ってくれるのはありがたい。
「それに、皮剥きも教えてくれて……」
そこで頭にある出来事が浮かび、頬がぽっと熱くなった。
「ん? どうした?」
「う、ううん。なにも……」