藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 出来上がったふたり分の料理を前に、困ったようにそう言われては無視できるわけがない。
 せっかく作った料理が無駄になるというのは、彬としては耐えがたい現象だ。
 ただそれだけのことだ。料理を作っている時の楽しそうな彼女の笑顔が、記憶に残ることとは無関係。
 けれどそれをわざわざ自分の中で確認するのはなぜなんだ?
 いろいろな思いが錯綜して、イライラする。
 ただただ彼女の体調を安定させケガがないようにすることが、こんなに難しいとは……。
 ゲンナリしながらポケットからスマホを取り出す。
 藍と繋がっているメッセージアプリを開いた。
《今日は料理をお休みして、山下美術館に行ってきます》
 昼前に届いたメッセージが今日は彬を悩ませている。
 その美術館は家から電車で二十分。駅からの道順も複雑ではない。
 大丈夫そうではあるのだが、それでも早く"帰宅した"のメッセージを受け取りたい……。
 ヤキモキしながら画面を見つめていると、シュパッと鳴ってメッセージが入った。
《帰宅しました。検温三十六・五です》
 ようやく"帰宅した"の報告を受け取って、彬はホッと息を吐く。
 心がふっと軽くなり、缶コーヒーを飲み干した。
 彼女は今夜は料理をしない。つまり彬は久しぶりに研究室へ泊まり込むことができるというわけだ。
 ——よかった。
 帰宅する時だけメッセージを入れる取り決めだが、念のため帰宅しない旨も送っておこうと指を動かしかけふとあることが頭に浮かび手を止めた。
 ——彼女は今日はテイクアウトか?
 誰もいない部屋でひとりで夜ご飯を食べる彼女の姿が頭に浮かび落ち着かない気持ちになる。
 せっかく心の重石が取れたばかりだというのに、また心が重たくなる。
 ——なんだこれは。
 毎日彼女の手料理を食べておいて、ない時は帰宅しない。薄情とも言える行動に対する罪悪感か。あるいはあの、なぜか記憶に残る笑顔のせいか。
 食事を一緒にとっていたのは、ただ料理が無駄にならないようにそうしていただけだ。こちらから頼んだわけでもないのだから気にする必要はどこにもない。
 それなのに、いくらそう言い聞かせても、まったく気持ちが落ち着かない。
 自分で自分の心がわからないのは生まれてはじめてのことだった。
 止まっていた指の先でスマホの画面がふっと消える。黒くなった画面を睨み、彬は悶々と考えていた。
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