冷徹営業トップは私の限界オタクでした
定食屋へ着いた四人は、店員に案内されて四人掛けのテーブル席に座った。
陽菜子と恵美が隣同士に座り、陽菜子の向かいには神崎、その隣には寺内が腰を下ろす。
「ここのおすすめは、チキン南蛮定食なんです。タルタルソースも手作りで、すごくおいしいんですよ」
陽菜子はメニューを開き、向かいに座る神崎たちへ見せながら説明した。
「じゃあ、俺は春宮ちゃんのおすすめにしよっと」
寺内が迷うことなくメニューを閉じる。
「俺もそれにします」
神崎も間を置かず、静かにメニューを閉じた。
(陽菜子さんおすすめの料理を、陽菜子さんと一緒に食べられる...! これは立派な推し活…。)
表情こそ平静を保っているものの、神崎の胸の内は喜びで満ちあふれていた。
「へえ。お前、こういうの食べるんだ?」
寺内は隣から神崎の顔をのぞき込み、意味ありげににやにやと笑う。
「……何か問題でも?」
「いや、別に?」
そっけなく返された寺内は、ますます楽しそうに口元を緩めた。
料理を待っている間、恵美がふと思い出したように口を開く。
「寺内さん、知ってました? 陽菜子と神崎さん、会社では接点がなかったのかと思ったら、休日に公園でばったり会ったことがあるんですって」
「えっ」
陽菜子の肩がぴくりと跳ねた。
恵美はそれに気づかず、以前、陽菜子から聞いた話を寺内に説明する。
「へえ、そうだったんだ」
寺内は感心したように頷きながら、二人を交互に見た。
陽菜子が初めて営業部へ来た日から、神崎は彼女にだけ妙に親しげだった。普段は必要以上に他人へ関わろうとしない男が、自ら経理部まで迎えに行き、隣の席まで用意していたのだ。
不思議に思っていたが、今の話を聞いて少しだけ腑に落ちた。
「家が近かったみたいで」
恵美が何気なく付け加える。
「へえ。公園で偶然ねえ……」
寺内は意味ありげに呟き、神崎へ視線を向けた。
神崎は何も言わず、手元の水を一口飲む。その表情はいつも通り冷静だったが、グラスを持つ指先にはわずかに力が入っていた。
「それより、チキン南蛮、おいしいですよ!」
ちょうど運ばれてきた料理を指し、陽菜子は慌てて話を遮った。
「タルタルソースが本当においしいんです。冷めないうちに食べましょう!」
明らかに不自然な話題の変え方だった。
寺内は陽菜子の焦った笑顔を眺めたあと、神崎へちらりと目を向ける。
神崎は無表情のまま箸を手にしていた。
けれど、その耳だけがわずかに赤くなっている。
「ふうん……」
寺内は何かを察したように笑ったが、それ以上は追及しなかった。
「このタルタルソース、やっぱりおいしい!」
陽菜子はチキン南蛮を頬張り、幸せそうに目を細めた。
「春宮さん。」
不意に神崎が陽菜子を呼ぶ。
「はい?」
陽菜子が顔を上げる。
その瞬間、神崎が紙ナプキンを持った手を陽菜子の口元へそっと伸ばした。
「タルタルソース…ついていましたよ。」
神崎は何でもないことのように、陽菜子の口元についたソースを拭う。
突然触られた陽菜子は、驚いたように目を丸くした。
けれど、すぐ柔らかな笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。神崎さんって、お世話上手なんですね。」
「いえ…」
神崎は平静を装って答えた。
しかし、その手が陽菜子の口もロから離れたとたん、動きがぴたりと止まる。
(…待て)
神崎は自分が握っている紙ナプキンへゆっくり、視線を落とした。
(俺はいったい何を…)
陽菜子の口元に触れた。
直接ではない。紙を一枚隔てている。だが触れたことには変わりはない。
(紙を1枚隔てて、陽菜子さんの唇のそばに触ってしまった…!?)
神崎の耳が見る見るうちに赤くなる。
(なんという無礼を…!ファンとして失格だ…!)
紙ナプキンを持った手が、わずかに震え始めた。
「神崎さん?」
向かいに座る陽菜子は、不思議そうに首を傾げている。
「…申し訳ありません。」
「何がですか?」
状況をまったく理解していない陽菜子。
その一連の様子を見ていた寺内は口元を抑えていた。声を出して笑うのをこらえているため、肩が小刻みに震えていた。
「お前…世話上手なんだな。」
と、寺内は神崎をからかう様に言った。
「黙れ」
紙ナプキンを持って震えた手がぴたりと止まり、神崎は寺内にだけ聞こえる低い声で言った。