冷徹営業トップは私の限界オタクでした

第7話「冷徹営業トップの秘密に気付きました。」

白石が陽菜子へ水をかけた件は、故意だったという確かな証拠がなかった。
白石本人は「足がもつれただけ」と主張し、陽菜子も被害を訴えなかったため、処分はボーナスの減額にとどまった。

営業部担当になって三日目。
白石は謹慎することもなく、いつもどおり出勤していた。
しかし、昨日の社員食堂での騒動は、すでに営業部中へ広まっていた。
白石が席へ着くと、周囲の社員たちはどこか気まずそうに視線をそらした。

「白石さん、おはようございます。」

陽菜子は昨日の出来事がなかったかのように、白石へ挨拶をした。
白石はそんな陽菜子を見て、一瞬驚いたように目を見開いた。だが、すぐに苛立たしげに眉をひそめた。

「…おはようございます。」

陽菜子の後ろには冷徹な表情をした神崎が立っており、白石はしぶしぶ挨拶をした。
白石が陽菜子の後ろを気にしていることに気が付いた陽菜子は振り返る。
神崎がいたので、陽菜子は神崎にも笑顔で挨拶をした。

「あ、神崎さん。おはようございます。」

神崎の心が舞い上がった。

「おはようございます。」
(今日もかわいいですね。今日も一緒に仕事ができるなんて光栄です。)

神崎は陽菜子に優しく微笑みながら、挨拶をし返した。
陽菜子と神崎はそれぞれのデスクに、大量の領収書に目を通す。

「春宮さん!今回のはミスなしで提出できますよ!」

佐藤が元気よく領収書を提出しに来た。

「あ、本当ですね。よくできましたね。」

「えへへ、ありがとうございます!」

佐藤は頭をかきながら照れ笑いした。

「…佐藤、」

神崎が何か言いかけた途端。

「春宮ちゃん。佐藤にそんな優しくしたら惚れられちゃうよ?」

と、寺内がウィンクしながら言った。

「え!は、春宮さんは素敵な人ですけど、高嶺の花ですからっ!」

あたふたする佐藤。
「そんなことないですよ」と陽菜子は笑った。
そんなやりとりを見て神崎は自分の心がもやもやしていることに気が付いた。
手を強く握りしめていた。
そんな様子をみた寺内はニヤニヤと面白がっていた。
神崎のデスクの電話が鳴った。
寺内と佐藤は外回りの準備をいそいそと始め、出かけた。

陽菜子の隣で、落ち着いた声で電話対応をしメモを取る神崎。
陽菜子はそんな神崎を横目で見ながら、作業を続けた。

(ちくわくんの字って綺麗。あれ……?)
(この右肩上がりの「様」の字……どこかで……)

陽菜子は神崎の字に見覚えがあった。
電話を終えた神崎はすくっと、席を立った。

「少し休憩しましょう。お茶を淹れてきます。」

神崎は給湯室へ向かった。
もう一度陽菜子はメモの字を見た。
まるびを帯びた「お」、右肩上がりの「様」、長く伸びた「す」の字を見たことがある。

(もしかして……)

陽菜子は自分の手帳を開いた。
手帳にはいつも残業すると机にお菓子と「お疲れ様です」と付箋が貼られており、その付箋を手帳に貼り付けておいたのだ。
誰かが自分の頑張りを見てくれている気がして、なんとなく捨てられなかった。
手帳の文字と神崎のメモを見比べた。

「お」
「様」
「す」
(……同じだ。)

(同じだ…。もしかして神崎さんが…?)

「春宮さん、お待たせしました。」

神崎が紅茶が入ったカップを2つ持ってきた。



「どうぞ。お飲みください。」

ひとつを陽菜子へ渡した。

「わぁ、ありがとうございます!」

渡された紅茶はいい香りがした。陽菜子の好きな香りだった。

「リラックスできますね。」

神崎に微笑む陽菜子。

「それはよかったです。」
(陽菜子さんのお役に立ててよかった。)

仕事を再開する二人。
黙々と作業する。静かな時間が流れる。

「神崎さん、ちょっとここ、見てもらえますか?」

外回りから帰ってきた佐藤が横から神崎に書類を確認しに来た。

「これは、私が参考資料もってますので、ご参考ください。」

神崎はデスクの引き出しを開け、佐藤の方を向き、資料を手渡し、資料の説明を始めた。
うっかり、引き出しをしめ忘れた神崎。
引き出しは半開きのままだった。
陽菜子はふと目に入ってしまった。
残業したときに差し入れでもらうチョコレートやクッキーの箱がきれいに並べられて入っていた。

(あの箱……。)
(……やっぱり神崎さんだったんだ。)

「神崎さん、ありがとうございます!」

元気よく自分のデスクに戻る佐藤。
神崎はデスクの正面を向き直す。デスクの引き出しが開けっ放しのことに気がついた。
さっと締めて、神崎は反射的に陽菜子へ視線を向けた。
陽菜子はもうすでに自分の仕事をしていた。

(よかった。陽菜子さんには見られてないみたいだ。)

神崎は安堵した。
陽菜子はデスクに向かったまま、自分の仕事を続けていた。 表情は見えない。

「神崎さん。」

「はい。」

「今日のランチ、二人で行きませんか?」

(え……?二人で?本当に?これは夢じゃなく現実?)
「は、はい。ぜひ……。」

神崎は思わず声を裏返らせた。

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