冷徹営業トップは私の限界オタクでした
営業部の近くにある休養室は、昼休みの時間だったためか、誰も使っていなかった。
部屋の中には、神崎と陽菜子の二人だけだった。
神崎は休養室の棚に置かれていた、応急処置用の未使用のタオルを取り出した。
陽菜子の正面に立ち、濡れた髪の毛を丁寧に拭いた。
「ちくわくん…ありがとうございます。」
「いえ…」
(二人きりになると、ちくわくんって呼んでくれる!陽菜子さんがつけてくれた、俺だけの特別なあだ名で…いや、今はそれどころじゃない。)
「陽菜子さん、大丈夫ですか?火傷とかしてないですか?」
「大丈夫ですよ。ズボンにシミができちゃっただけです。」
陽菜子は安心させるように、へらりと笑った。
その笑顔を見た瞬間、神崎の感情があらわになった。
「大丈夫じゃないですよ! 熱いカレーが足元へ落ちたんですよ? もし少しずれて、肌へ直接かかっていたら……っ」
神崎は言葉を止めた。
自分が必死になっていることに気づき、口を閉ざす。
「…私のために心配してくれたんですか?」
「…っ。」
神崎の顔が、恥ずかしさでみるみる赤くなっていく。
そんな神崎を見つめ、陽菜子は柔らかく笑った。
「心配性なところ、私の犬のちくわくんと一緒だ。」
犬と一緒にされた神崎。神崎は一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべた。
けれど、陽菜子が嬉しそうに笑っているのを見ると、犬と同じ扱いをされたことなど、どうでもよくなった。
(陽菜子さんが、俺を見て笑ってくれている )
「…それだけで幸せです。」
最後の言葉は心の中で言ったつもりだったが、口から出ていた。
はっと口元を抑える。
「え?」
不思議そうな顔で見る陽菜子。真っ赤になる神崎。
神崎は、濡れた陽菜子の髪を見つめた。
白石に向けていた怒りが、再び胸の奥から込み上げてくる。
けれど、陽菜子を怖がらせないように、その感情を必死に押し込めた。
「……陽菜子さん」
神崎は濡れた髪を、壊れ物に触れるように優しく拭いた。
「俺がそばにいます。あなたが営業部にいる間、ずっと」
神崎の手に、わずかに力がこもる。
「もう、誰にも傷つけさせません」