冷徹営業トップは私の限界オタクでした
月曜日の朝、陽菜子はいつも通り出勤をした。
経理部は朝から忙しい。
お昼前、
「春宮さん、悪いんだけどこの領収書、不備があるから営業部まで行ってきてくれる?」
経理部の先輩が陽菜子にお願いしてきた。
いつも営業部は適当な領収書をもってくる。
営業部にはイケメンがいるらしい。そのイケメンは営業トップでどうやら冷酷な人らしく「氷の王子」と呼ばれている。イケメンを拝みたいがあまり、いつも経理部の女性職員たちは我先にと名乗り出る。
しかし、手が空いているのが春宮しかいなかったため春宮が任命された。
「はい。行ってきます。」
陽菜子ははじめて営業部へ行く。
陽菜子は営業部のイケメンなど頭にはなく、金曜日に助けた青年のことを考えていた。
(ちくわくんにそっくりな人、あれから大丈夫だったかな?)
そんなことを考えながら営業部へ。
営業部に行く間、女性職員たちが噂している。
「今日は神崎さん、朝から大口商談だったらしいよ。」
「営業トップだもんね。」
「でも近寄ると怖いんだよね。」
「『氷の王子』って呼ばれてるし。」
そんな噂など耳も入らず、営業へ到着した。
「あの、これ、不備があるみたいなんですけど…」
営業部の出入り口付近にいた男性職員に話しかける。
「あれ、ほんとだね。これは佐藤君のだな〜」
そこへ、朝から外回りをしてきた営業部のトップのイケメン、氷の王子が後輩を連れながら帰ってきた。
女子職員たちが「王子帰ってきたよ〜」今日もかっこいい」などときゃあきゃあ言っている。
「あ、佐藤君、ちょうど帰ってきた。これ不備があったって。神崎君ちゃんと見てやってよ〜」
その社員は外回りしてきた2人に言う。
陽菜子はその2人に目線を向ける。
「あっ…。」
陽菜子は声が出た。
スーツ姿。
整えられた赤茶色の髪。
金曜日の深夜の公園で助けた青年が目の前にいる。
陽菜子の愛犬に似ているあの青年が。スーツを着て目の前にいる。
(え…。この人…。)
「ちくわくんだ…。」
陽菜子が思わず声に出ていた。
氷の王子は陽菜子を見て目を丸くする。

「…っ。」
(え、陽菜子さん⁉陽菜子さんが俺専用のあだ名を呼んでくれた!)
「ちくわ君ってなんですか?」
後輩の佐藤が呑気に質問する。
陽菜子は慌てて、氷の王子の名札を見る。
[神崎 紅夜]
それがあの深夜に助けた青年、営業部トップの氷の王子の名前だった。
「神崎紅夜さん。」
陽菜子は名前を読み上げる。
「…はい。」
(陽菜子さん!陽菜子さんがフルネームで呼んでくれた!俺の最推しの陽菜子さんがッ!!今日も生きていてくれてありがとうございます。午前からあなたを見られて幸せです。)
みるみる神崎の耳が赤くなる。手が震える。
「お疲れ様です。」
ペコリと頭を下げる陽菜子。
「お、お疲れ様です…。(俺に挨拶をしてきた。無理。尊い。)」
動揺しながらあたまを下げる神崎。
「あれ、お二人知り合いなんですか?」
佐藤がまたも呑気に質問する。
「佐藤、そんなことよりもこれ、不備」
さっきの営業部の社員が佐藤に領収書を渡す。
「あっちゃー!日付、書いてもらうの忘れてた。すみません。」
ささっと日付を書いて陽菜子に謝り、渡す。
「あ、はい。ありがとうございました。では、失礼しました。」
陽菜子は挨拶をしてきた経理部へ帰っていった。
神崎は立ち尽くし、膝から崩れ落ちた。
「神崎さん!大丈夫っすか!?熱中症っすか?」
倒れた神崎を心配する佐藤。
「…大丈夫です。ただの立ちくらみです。」
(ここは会社、冷静でいなければ…。)
他の社員たちもそんな神崎を不思議そうに見ていた。経理部の子と何かあるんではないかとすぐに噂になった。
経理部への帰り道、そんな噂など知りもせず。
(ちくわくん、元気そうでよかった。でも会社では雰囲気違うな~)