冷徹営業トップは私の限界オタクでした

その日の昼休み。
神崎とランチへ行けなかった陽菜子は、久しぶりに恵美と社員食堂で昼食を取っていた。

「ねえ、陽菜子」

「ん?」

「神崎さんさ、最近ほかの人から誘われること増えてない?」

箸を動かしていた陽菜子の手が、一瞬止まった。

「……あ、そうだね。」

「なんか前より雰囲気柔らかくなったよね。話しかけやすくなったって、経理の子たちも言ってたよ」

「うん。」

陽菜子は小さく笑った。

「前より優しくなったよね。私も、そのほうがいいと思う。」

そう答えたものの、今朝の光景が頭に浮かぶ。
神崎をランチへ誘っていた女性社員。
胸の奥が、わずかに重くなった。

「……陽菜子?」

「え?」

「なんか嬉しくなさそうだけど。」

「そんなことないよ。」

慌てて笑ってみせる。

恵美はそんな陽菜子をじっと見つめた。

「ねえ。前から聞こうと思ってたんだけどさ。」

「なに?」

「あんなにいつも陽菜子に優しくしてくれる神崎さんのこと、陽菜子はどう思ってるの?」

「え?」

陽菜子は目を瞬いた。

「私のファンだって言ってたよ?」

「ファン?それは神崎さんから陽菜子への気持ちでしょ。」

「うん。」

「逆。陽菜子は神崎さんをどう思ってるの?」

「……私?」

「そう。」

陽菜子は言葉に詰まった。
神崎が自分をどう思っているのか。
それなら答えられる。
二年前から自分を見ていてくれた。
残業していると、名前も告げずに差し入れを置いてくれた。
そして、自分のことを『推し』だと言ってくれた。

けれど――。

自分が神崎をどう思っているのか。
そんなこと、今まで考えたことがなかった。

「ちくわくんは……。」

陽菜子は真剣に考え込む。

「……会社の人?」

「疑問形じゃん。」

恵美が呆れたように笑った。

「だって、急に聞かれても……。」

「じゃあさ。」

恵美は頬杖をついた。

「神崎さんがほかの女の人と毎日ランチへ行くようになっても、なんとも思わない?」

「それは……。」

陽菜子は答えられなかった。
今朝の光景が、再び頭に浮かぶ。
神崎へ楽しそうに話しかける女性社員。
もし、あのとき神崎に仕事の予定がなかったら。
二人でランチへ行っていたのだろうか。
自分に向けてくれるような優しい笑顔を、その人にも向けるのだろうか。

そう考えると――。

胸の奥が、少しだけ苦しくなった。

「……ちょっと、寂しいかも。」

陽菜子は小さな声で答えた。
恵美はしばらく陽菜子の顔を見つめた。
それから、意味ありげに笑う。

「それ、本当に『ファンと推される側』だけの感情?」

「……え?」

陽菜子は答えられなかった。
神崎がほかの女性と楽しそうに話していると、少しだけ寂しい。
自分以外の誰かとランチへ行くところを想像すると、胸の奥がもやもやする。
でも、その感情をなんと呼べばいいのか。
陽菜子には、まだ分からなかった。
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