終わらない夜に
「俺はね、相手がどんなに見た目や中身が優れていても、肩書きが立派でも、そんなもの意味ないって思ってる」
「どうして……?」
「俺の心にはいつだって、小さなことで笑って、すぐ照れて、意外と強がりで……そんなつぐみの姿しか映ってないんだから」
優しい声でささやいて、私の頬にそっとキスをする。
「本当、ですか……」
「本当。出会ったあの日、ボロボロな姿で泣きじゃくるつぐみに会ってからずっと忘れられなかった。
もちろん最初は恋愛感情じゃなかったよ、ただあの小さな女の子がどこかで幸せでいてくれたらいいって願ってた」
私が名執さんの存在を希望にしていたとき、彼も私のことを願ってくれていた。
「再会してから時間をかけてつぐみのことを知って、気づけばつぐみのことばかり考えてた。
いつしか、俺がこの子を笑顔にしたいって思うようになったんだよ」
そんな言葉、付き合っているときですら聞けていなかった。
初めて聞く心の内に、彼が私が思っていた以上に愛を持ってくれていたのだと知った。
「もうひとりで抱えて、悩まないでほしい。信じて、俺の手を取ってほしい」
「……でも、私じゃ名執さんには相応しくない」
「相応しいとかそうじゃないとか、周りの評価は関係ない。俺はただ純粋に、つぐみの気持ちが知りたい」
誰の言葉にも左右されない、私の気持ち。
そんなのずっと前から決まってる。
出会った日、私の世界に光を与えてくれた人。
優しくて穏やかで、時折いたずらに笑ってみせる。仕事のことになると真面目で、まっすぐに気持ちを伝えてくれる人。
そんなあなたのことが好き。
「……好きです。名執さんの、そばにいたいです」
この4年、ずっと隠してきた本音を声に出した。
「夫婦として、家族として一緒にいたい。力を合わせて子供たちを育てて、遠い未来にもふたりでいたい」
朝起きたら『おはよう』って言って、夜には隣で空を見上げたい。
そんなささやかな毎日を、名執さんと過ごしていきたい。
願いを言葉にした私に、名執さんはそっと微笑むとゆっくり顔を近づけキスをした。
「うん。一緒にいよう、ずっと」
それはまるで誓いのキスのような、優しい口付けだった。
「それでさ、つぐみたちがよかったらなんだけど……東京に引っ越さない?」
しばらくそのまま話をしたあと、名執さんは意を決したように切り出した。
「東京に、ですか?」
「現実問題このまま離れて暮らすのは難しいし……それに牧野の件もあって心配だから。一緒にいたいんだ」
確かに。あれから私自身も、不安がないと言えば嘘になる。
どのくらい先かはわからないけど、いつか牧野さんがこの町に戻ってこないとも限らないし。
住み慣れてきたここを去るのは寂しいし、環境の変化は子供たちにとっても心配だ。
だけど、彼と一緒にいたい気持ちは私も同じ。
「はい。一緒に行きます」
私の返事に、名執さんは安心したように笑ってまたキスをひとつ落とす。
離れていた時間を埋めるように、たくさん話をして触れて唇を重ねる。
そんな私たちを、穏やかな波の音が包んでくれていた。