騎士団長は天才魔石職人を手放さない
ある晩、ドミニクが先に寝室へと向かった後、アルバートも寝る支度を済ませ、イヴに声をかけにいった。
アルバートが作業部屋の扉に手をかけたとたん、中からすさまじい音がして慌てて扉を開けた。
そこではイヴが椅子から転げ落ちていた。
「いてえ……」
「大丈夫か!?」
「大丈夫……寝ぼけて転んだだけだ」
アルバートがイヴを助け起こしていると、ドミニクも目を丸くしてやってきた。
「何事ですか、先生」
「お前まで。悪いな、うるさくて」
「悪いと思うなら、きちんとベッドで寝てください。団長さん、先生を寝室まで運んでください」
「まだ仕事が」
「そんな寝ぼけ眼で手元が狂ったら危ないです。今夜は寝てください」
イヴとドミニクがしばらくにらみ合ったが、やがて根負けしたイヴがため息をついた。
「はいはい、わかったよ」
イヴはそう苦笑して立ち上がろうとしたが、足元がふらつき、アルバートが咄嗟に支えた。ドミニクが呆れたようにため息をつく。
「団長さん」
「承知した。イヴ、大人しくしてくれ」
「なっ、おい、下ろせ!」
アルバートはイヴを姫のように抱き上げ、そのまま寝室まで運んだ。
騒いでいたイヴも、寝室に着くころには大人しくなっていた。
「ったくドミニクは過保護なんだ。団長殿は手慣れていらっしゃるようだしな」
「ああ、イヴの世話をするのもずいぶん手馴れたものだ」
「ちげーよ」
イヴをベッドに下ろし、腕を抜こうとしてアルバートは手を止めた。
「そっちは毎晩のように貴族のお嬢様方を寝室まで運んで差し上げてるんだろうって言ってるんだ」
「いや?」
アルバートは手を止めたまま、イヴを覗き込んだ。
伸びた白銀の髪が枕に広がり、カーテンの隙間から射した月明りを浴びてキラキラと光っていた。
「俺は誰かをベッドに運んだことも、ベッドを共にしたこともない」
「……へえ」
アルバートは薄く笑うイヴの顔をまじまじと見つめた。
かさついた唇に、眠たげに細められた瞳。すっと通った鼻筋に細い眉。
何もかもがアルバートとは異なっている。
「団長殿?」
「……っ、すまない」
「いや……運んでくれて助かった。こうやってお前の体温を感じるのも悪くない」
イヴがうとうとと目を閉じ、アルバートの胸元に顔を寄せた。
アルバートにはイヴの耳が赤く見えたが、室内が暗くてよくわからない。確認する前に、イヴが再び目を開けた。
「まったく、お前の心臓がうるさくて眠れんな。……おやすみ」
「す、すまない……おやすみ、イヴ」
アルバートはイヴの背中から手を抜いた。
迷いなくその額に口づけてから、イヴの寝室を後にし、まっすぐ自室としてあてがわれた部屋へ向かった。
できる限り音を立てないように扉を閉めて、アルバートはベッドに倒れこんだ。
「……俺は今、何をした……?」
アルバートは両手で顔を抑えた。
イヴの額に口づけた。一言で言ってしまえばそうだ。
彼がどんな顔をしていたかもアルバートにはわからなかった。暗かったし、確認する余裕もなかったのだ。
顔を押さえていた手が、汗でびっしょりと濡れていた。
その手には、まだイヴの固い背中の感触が残っていた。
あの温かい背中を、俺はどうしようとしたのだろう。イヴが自分を「団長殿」と呼ばなければ、きっとそのまま吸い寄せられるように彼をーー。
「何を考えているんだ、ふしだらな」
アルバートは小さくつぶやいて起き上がった。
彼は護衛対象なのだ。……そうでなくてはならない。
ベッドに潜りなおして、きつく目を閉じる。
瞼に映るイヴはあまりにも自分に都合がよくて、その晩アルバートは寝た気がしなかった。
***
アルバートが作業部屋の扉に手をかけたとたん、中からすさまじい音がして慌てて扉を開けた。
そこではイヴが椅子から転げ落ちていた。
「いてえ……」
「大丈夫か!?」
「大丈夫……寝ぼけて転んだだけだ」
アルバートがイヴを助け起こしていると、ドミニクも目を丸くしてやってきた。
「何事ですか、先生」
「お前まで。悪いな、うるさくて」
「悪いと思うなら、きちんとベッドで寝てください。団長さん、先生を寝室まで運んでください」
「まだ仕事が」
「そんな寝ぼけ眼で手元が狂ったら危ないです。今夜は寝てください」
イヴとドミニクがしばらくにらみ合ったが、やがて根負けしたイヴがため息をついた。
「はいはい、わかったよ」
イヴはそう苦笑して立ち上がろうとしたが、足元がふらつき、アルバートが咄嗟に支えた。ドミニクが呆れたようにため息をつく。
「団長さん」
「承知した。イヴ、大人しくしてくれ」
「なっ、おい、下ろせ!」
アルバートはイヴを姫のように抱き上げ、そのまま寝室まで運んだ。
騒いでいたイヴも、寝室に着くころには大人しくなっていた。
「ったくドミニクは過保護なんだ。団長殿は手慣れていらっしゃるようだしな」
「ああ、イヴの世話をするのもずいぶん手馴れたものだ」
「ちげーよ」
イヴをベッドに下ろし、腕を抜こうとしてアルバートは手を止めた。
「そっちは毎晩のように貴族のお嬢様方を寝室まで運んで差し上げてるんだろうって言ってるんだ」
「いや?」
アルバートは手を止めたまま、イヴを覗き込んだ。
伸びた白銀の髪が枕に広がり、カーテンの隙間から射した月明りを浴びてキラキラと光っていた。
「俺は誰かをベッドに運んだことも、ベッドを共にしたこともない」
「……へえ」
アルバートは薄く笑うイヴの顔をまじまじと見つめた。
かさついた唇に、眠たげに細められた瞳。すっと通った鼻筋に細い眉。
何もかもがアルバートとは異なっている。
「団長殿?」
「……っ、すまない」
「いや……運んでくれて助かった。こうやってお前の体温を感じるのも悪くない」
イヴがうとうとと目を閉じ、アルバートの胸元に顔を寄せた。
アルバートにはイヴの耳が赤く見えたが、室内が暗くてよくわからない。確認する前に、イヴが再び目を開けた。
「まったく、お前の心臓がうるさくて眠れんな。……おやすみ」
「す、すまない……おやすみ、イヴ」
アルバートはイヴの背中から手を抜いた。
迷いなくその額に口づけてから、イヴの寝室を後にし、まっすぐ自室としてあてがわれた部屋へ向かった。
できる限り音を立てないように扉を閉めて、アルバートはベッドに倒れこんだ。
「……俺は今、何をした……?」
アルバートは両手で顔を抑えた。
イヴの額に口づけた。一言で言ってしまえばそうだ。
彼がどんな顔をしていたかもアルバートにはわからなかった。暗かったし、確認する余裕もなかったのだ。
顔を押さえていた手が、汗でびっしょりと濡れていた。
その手には、まだイヴの固い背中の感触が残っていた。
あの温かい背中を、俺はどうしようとしたのだろう。イヴが自分を「団長殿」と呼ばなければ、きっとそのまま吸い寄せられるように彼をーー。
「何を考えているんだ、ふしだらな」
アルバートは小さくつぶやいて起き上がった。
彼は護衛対象なのだ。……そうでなくてはならない。
ベッドに潜りなおして、きつく目を閉じる。
瞼に映るイヴはあまりにも自分に都合がよくて、その晩アルバートは寝た気がしなかった。
***