騎士団長は天才魔石職人を手放さない
工房内はごちゃごちゃと散らかっており、体の大きいアルバートは商品を踏まないよう、ぶつからないようにしながら青年の後についていく。
やがて奥の作業台の手前で青年は立ち止まった。自身は作業台前のすり減った椅子に腰を下ろし、アルバートの足元にあった小さな椅子を指さした。
「そこの椅子に座れ。ドミニクがいないから茶も出せないが、要件を手短に言え」
「実は、」
アルバートは昨日文官から伝えられた内容を説明した。
聞き終えた青年は小さく肩をすくめた。
「本当に、よくあることだ。僕はここから出ないし、たとえ僕が殺されて僕の作品が盗まれたとして、僕が死んだ後のことなんか知らない」
言い捨てた青年に、アルバートは思わず声を荒らげた。
「それは困る!」
青年が眉をひそめたが、アルバートは構わず続けた。
「俺はあなたの作品に何度も命を救われているんだ。そんなあなたをおめおめと殺させる訳にはいかない」
アルバートは小さな椅子から身を乗り出して続けた。
「先日の南方の防衛戦で、あなたが用意してくださった盾のおかげで何人の部下が死を免れたか。俺自身もあなたが造ってくれた剣のおかげで民を守ることができた。あなたの武具は命を救う。どうか、あなたを守らせてほしい」
「んな、大袈裟な……」
言い淀む青年に、アルバートはなおも詰め寄った。青年の足元に跪き、傷だらけの節くれ立った手を取る。
「決して、大袈裟などではない。ほんの一時でもいい。俺を、あなたの騎士にしてほしい」
青年は目尻を赤くしてそっぽを向き、手を引こうとしたが、アルバートは断固として離さなかった。
「はー……、暑苦しいったらねえな、騎士様ってのは。わかった、わかったから手を離せ。僕は男に手を握られて喜ぶ趣味はねえんだ」
「俺にあなたを守らせてくれるんだな?」
「好きにしろよ……」
そこまで聞いて、アルバートはようやく青年の手を離した。
青年は頬を赤くしたまま、そっぽを向いている。
「ところで、お名前を教えてもらえるだろうか?」
「イヴァン。長いからイヴでいい」
「イヴ、イヴ。素敵な名前だ。美しいあなたによく似合う。しかし工房名とは違うのだな」
イヴは心底嫌そうな顔で、立ち上がろうとするアルバートを見上げた。
アルバートは微笑んでイヴを見つめていた。
「アダムズは先々代の名前だ、騎士様ってのは目の前にいたら男女問わず口説かねえと気が済まないのか?」
「口説く? 俺に恋人がいたことはないが」
「ないのか? 王国騎士団と言えば、王都の娘たちの羨望の的だろうに」
イヴはわずかに目を見開いた。しかしアルバートは苦笑して首を横に振った。
「忙しくて、それどころではないんだ。年の三分の一は防衛線や辺境伯らの演習指導に出払っているし、王都にいる間も王族の護衛や衛兵の勤怠管理やその他諸々……す、すまない、愚痴っぽくなってしまって」
アルバートは我に返ってそっぽを向いた。
イヴは気にした風でもなく、手元の工具をいじっていた。白銀の髪がさらりと流れて顔にかかる。
彼の濃い灰色の瞳が見えず、アルバートは手を伸ばしかけてやめた。きっとこの警戒心の強い職人は、今アルバートが手を伸ばしてもはねのけてしまうだろうから。
アルバートが今後の予定を相談すべく椅子に座りなおそうとしたとき、工房の扉がぎいぎいと音を立てて開いた。
やがて奥の作業台の手前で青年は立ち止まった。自身は作業台前のすり減った椅子に腰を下ろし、アルバートの足元にあった小さな椅子を指さした。
「そこの椅子に座れ。ドミニクがいないから茶も出せないが、要件を手短に言え」
「実は、」
アルバートは昨日文官から伝えられた内容を説明した。
聞き終えた青年は小さく肩をすくめた。
「本当に、よくあることだ。僕はここから出ないし、たとえ僕が殺されて僕の作品が盗まれたとして、僕が死んだ後のことなんか知らない」
言い捨てた青年に、アルバートは思わず声を荒らげた。
「それは困る!」
青年が眉をひそめたが、アルバートは構わず続けた。
「俺はあなたの作品に何度も命を救われているんだ。そんなあなたをおめおめと殺させる訳にはいかない」
アルバートは小さな椅子から身を乗り出して続けた。
「先日の南方の防衛戦で、あなたが用意してくださった盾のおかげで何人の部下が死を免れたか。俺自身もあなたが造ってくれた剣のおかげで民を守ることができた。あなたの武具は命を救う。どうか、あなたを守らせてほしい」
「んな、大袈裟な……」
言い淀む青年に、アルバートはなおも詰め寄った。青年の足元に跪き、傷だらけの節くれ立った手を取る。
「決して、大袈裟などではない。ほんの一時でもいい。俺を、あなたの騎士にしてほしい」
青年は目尻を赤くしてそっぽを向き、手を引こうとしたが、アルバートは断固として離さなかった。
「はー……、暑苦しいったらねえな、騎士様ってのは。わかった、わかったから手を離せ。僕は男に手を握られて喜ぶ趣味はねえんだ」
「俺にあなたを守らせてくれるんだな?」
「好きにしろよ……」
そこまで聞いて、アルバートはようやく青年の手を離した。
青年は頬を赤くしたまま、そっぽを向いている。
「ところで、お名前を教えてもらえるだろうか?」
「イヴァン。長いからイヴでいい」
「イヴ、イヴ。素敵な名前だ。美しいあなたによく似合う。しかし工房名とは違うのだな」
イヴは心底嫌そうな顔で、立ち上がろうとするアルバートを見上げた。
アルバートは微笑んでイヴを見つめていた。
「アダムズは先々代の名前だ、騎士様ってのは目の前にいたら男女問わず口説かねえと気が済まないのか?」
「口説く? 俺に恋人がいたことはないが」
「ないのか? 王国騎士団と言えば、王都の娘たちの羨望の的だろうに」
イヴはわずかに目を見開いた。しかしアルバートは苦笑して首を横に振った。
「忙しくて、それどころではないんだ。年の三分の一は防衛線や辺境伯らの演習指導に出払っているし、王都にいる間も王族の護衛や衛兵の勤怠管理やその他諸々……す、すまない、愚痴っぽくなってしまって」
アルバートは我に返ってそっぽを向いた。
イヴは気にした風でもなく、手元の工具をいじっていた。白銀の髪がさらりと流れて顔にかかる。
彼の濃い灰色の瞳が見えず、アルバートは手を伸ばしかけてやめた。きっとこの警戒心の強い職人は、今アルバートが手を伸ばしてもはねのけてしまうだろうから。
アルバートが今後の予定を相談すべく椅子に座りなおそうとしたとき、工房の扉がぎいぎいと音を立てて開いた。