喪失の夜に、あなたがいた
楓は椅子に座ったまま、
 明莉の返事を待っていた。

急かさない。
 焦らせない。
 ただ静かに、そばにいる。

その姿が、
 あまりにも優しくて、
 あまりにも誠実で──

胸がきゅっと痛んだ。

(……どうして……こんなに……苦しいの)

涙が滲んだ。

佑輔を失ったあの日、明莉の世界は完全に止まった。

もう誰も愛せない。
 もう誰も信じられない。
 もう誰にも寄りかかれない。

そう思っていた。

でも──
あの日、顔見知り程度だった楓が何も知らい明莉を助けてくれた。
あの時から、明莉の世界が変わっていったのかもしれない。

楓は、
 明莉が壊れても、泣いても、逃げても、
 ずっとそばにいてくれた。

契約だからではなく。
 義務だからではなく。
 楓自身の気持ちで。

その事実が、
 胸の奥を静かに揺らした。

「……楓さん」

明莉は小さく呼んだ。

楓が顔を上げる。
 その瞳は、
 不安と優しさが混ざった色をしていた。

「昨日……あなたが言ってくれたこと……
 ずっと考えていました」

楓は何も言わず、
 ただ明莉の言葉を待った。

「……怖いんです。
 また誰かを失うのが。
 また大切な人がいなくなるのが」

声が震えた。

「でも……
 あなたがそばにいてくれた時間が……
 私を救ってくれました」

楓の瞳がわずかに揺れた。

「あなたの言葉が……
 私の心を、少しずつ……戻してくれたんです」

明莉は胸に手を当てた。

「……だから……
 もう少しだけ……
 あなたを信じてみたいと思いました」

その言葉は、
 明莉の“再生”の第一歩だった。
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