黄金のレティシア ~献身的な令嬢でしたが日々のブラックな慈善生活に疲れてしまいましたので、そろそろ自分の幸せを考えたいと思います~
09 思い出①──メルウィックside
「スワロウ師団長」
「はい、カーン伯爵。どうされましたか?」
「……娘のことなのですがね」
「はい」
「率直に言って、娘をどう思われているのでしょうか?」
ストレートに、貴族らしくなく伯爵は俺に尋ねた。
当然の疑問だと思う。伯爵としても俺の気持ちには当たりをつけた上での質問だろう。
レティシアには今、特定の交際相手はいない。
ラカン殿下への好意があるかもしれないと思っていたけれど、せっかく殿下に夜会へ誘われたというのに、レティシアはあっさりと断っていた。
一応、『夜会がある頃には体調や髪と瞳の色は元に戻っているはずだよ』と伝えたのに、だ。
レティシアは、ダンスやパーティー、夜会自体が苦手とかいうわけではなく、ダンスは踊れるし、拒むほど嫌でもないという。
ただ『ラカン殿下のお相手となるのは気が引ける』らしい。
……うん。ラカン殿下に対するレティシアの脈、ないね。
とはいえ彼は王子で、レティシアは貴族令嬢だ。あちらにその気があるなら、彼女の気持ちがなくとも交際や、その先の関係も視野に入るだろうな。
「レティシアをどう思っているか、ですか。それは」
俺は、カーン伯爵と二人だけの部屋で彼を真剣に見つめ返す。
今、俺は伯爵の屋敷でお世話になっている。その目的は。
「──好きですよ、レティシアのこと。もちろん、異性として。また同じく貴族の血を引く者として彼女の今後の立場、その伴侶となる者の望まれる条件を理解した上で」
「お、おお……。それはまた」
素直に俺が認めたことにカーン伯爵は驚きを隠せない様子だ。
今日まで俺の気持ちは十分に匂わせていた気はするけどね。
「好きというよりも憧れに近いんですけどね」
「憧れ? 師団長がレティシアに、ですか?」
「ええ」
「……娘本人が把握していないことがありそうですね。差し支えなければ事情を聞いても?」
「かまいませんよ。他ならないレティシアの父、カーン伯爵が相手ですから」
ここからはカーン伯爵個人に聞かせる、ちょっとした自分語りだ。
このまま語ったのでもなく、もっと丁寧に話したけれど。
俺の名はメルウィック。
メルウィック・スワロウ。スワロウ侯爵家に生まれた次男だ。
王国貴族の爵位は多くが世襲制。ただし『長男だから必ず爵位を継げる』という法律はない。
また、ほとんどの家門の当主を、現在は男性が務めているが、別に女性が爵位を継げないわけでもない。
たとえば、正式にカーン伯爵位を継ぐのは女性であるレティシアだ。
彼女はレティシア・カーン女伯爵になる。
今の領地なら爵位の返上はせずに済みそうだからね。
つまり、レティシアの伴侶に求められる条件とは、伯爵家に婿入りをしてもいいと本人や伯爵夫妻に認められた男だ。
そういった王国の爵位制度のもと、スワロウ侯爵家には兄と、弟である俺が生まれた。
高位貴族、それも侯爵家ともなれば家門、派閥というものが大きく、関わる人間も多くなる。
だからスワロウ侯爵家を継がせるのは兄か俺かで睨み合う親戚たちを見てきた。
兄は優秀な貴族令息だ。他家と比べても上位の人だろう。
だけど俺には……優秀すぎる魔法の才能があった。それも幼い頃から。
魔法が使えるのは貴族の証とまで言われるほど、使える人間には偏りがある。
別に王家でもなく、ただの侯爵家であったスワロウ家なのだが。
兄と俺を競い合わせるような家や親戚たちのことが、俺は嫌いだった。
父も、母も、兄のことも俺は好きだったし。彼らとの関係は良いものだと今でも言える。
しかし、父もまた高位貴族の一員だった。
兄と俺を比較し、きちんとスワロウ侯爵を継ぐべきはどちらかを彼は悩んだ。
……俺は、それが嫌だったんだ。
貴族令息に相応しくないかもしれないが、そんなふうに兄と爵位を争うぐらいならスワロウ家から俺がいなくなった方がいい。そう思った。
まだ幼いながら体もできてきた頃の俺だ。未成年のガキ特有の万能感もあった。
……俺なら家を出てもやっていけると思ったんだ。
幸い、魔法の才能があったし。
書き置きを残して俺はスワロウの家を出ていった。
貴族の身分を捨てて生きていく場合、市井で働いて暮らさなければならない。
俺に何ができるのか? 魔法の才能を売りにした何かだろう。
手っ取り早く魔獣……魔力を帯びた野性の獣……の始末で金を稼ごうか。
そんなことを考えた。
たぶん、というか事実として俺は強かった。当時の実力でもだ。
護衛をつけていない、ばかな貴族のお坊ちゃんだと、見下してきたごろつきに襲われそうになった時も、あっさりと返り討ちにしたし。幼い俺は悠々自適の野良生活を楽しんだ。
大人に負けない力と学さえあれば子供一人だけでも意外となんとか生きていけるもので、俺の家出生活は、わりと長く続いたと思う。
定住する場所はとくに決めず、フラフラと興味の向くままに流れてきた場所が、当時のカーン伯爵領だった。
貴族の学力と少年の気持ちが両立した年頃の俺は『閉ざされた鉱山』という響きにちょっとしたロマンを感じていたんだと思う。
そこに行けば得体の知れない魔獣を見つけられるんじゃないかと。
調子に乗った俺は『立ち入り禁止』となっていた地区に入り込んだ。一人で、だ。
ああ、カーン伯爵にこのことを話すのは本当に申し訳ない。
普通にそんなの、事件だからね。
しかも侯爵令息が自領で危険な廃鉱山に侵入、怪我でもしたら、死にでもしたら。
そう考えると気が気じゃないだろう。
追い討ちをかけてしまうんだけど、実はその時にさらなる問題が起きた。
「──そっちに行くと危ないわよ」
「……誰、お前?」
夢見がちに立ち入り禁止の廃鉱山に一人で入って行こうとしたガキの俺を呼び止めたのは、さらに歳下の子供だった。
肩まで伸びた金色の髪。エメラルドグリーンの瞳。
整った見た目だが、幼くて『女性』なんて意識はしなかったけれど、それでも女性だとは見た目でわかるくらい、可愛いらしい少女。
「わたし? わたしは……レティシアよ!」
そう。幼い頃のレティシア・カーンが、廃鉱山に入ろうとする俺を呼び止めたのだ。
彼女は、ある事情で、その時のことを忘れてしまっているけれど。
俺とレティシアは、実はもっと幼い頃に出会っていたんだ。
「はい、カーン伯爵。どうされましたか?」
「……娘のことなのですがね」
「はい」
「率直に言って、娘をどう思われているのでしょうか?」
ストレートに、貴族らしくなく伯爵は俺に尋ねた。
当然の疑問だと思う。伯爵としても俺の気持ちには当たりをつけた上での質問だろう。
レティシアには今、特定の交際相手はいない。
ラカン殿下への好意があるかもしれないと思っていたけれど、せっかく殿下に夜会へ誘われたというのに、レティシアはあっさりと断っていた。
一応、『夜会がある頃には体調や髪と瞳の色は元に戻っているはずだよ』と伝えたのに、だ。
レティシアは、ダンスやパーティー、夜会自体が苦手とかいうわけではなく、ダンスは踊れるし、拒むほど嫌でもないという。
ただ『ラカン殿下のお相手となるのは気が引ける』らしい。
……うん。ラカン殿下に対するレティシアの脈、ないね。
とはいえ彼は王子で、レティシアは貴族令嬢だ。あちらにその気があるなら、彼女の気持ちがなくとも交際や、その先の関係も視野に入るだろうな。
「レティシアをどう思っているか、ですか。それは」
俺は、カーン伯爵と二人だけの部屋で彼を真剣に見つめ返す。
今、俺は伯爵の屋敷でお世話になっている。その目的は。
「──好きですよ、レティシアのこと。もちろん、異性として。また同じく貴族の血を引く者として彼女の今後の立場、その伴侶となる者の望まれる条件を理解した上で」
「お、おお……。それはまた」
素直に俺が認めたことにカーン伯爵は驚きを隠せない様子だ。
今日まで俺の気持ちは十分に匂わせていた気はするけどね。
「好きというよりも憧れに近いんですけどね」
「憧れ? 師団長がレティシアに、ですか?」
「ええ」
「……娘本人が把握していないことがありそうですね。差し支えなければ事情を聞いても?」
「かまいませんよ。他ならないレティシアの父、カーン伯爵が相手ですから」
ここからはカーン伯爵個人に聞かせる、ちょっとした自分語りだ。
このまま語ったのでもなく、もっと丁寧に話したけれど。
俺の名はメルウィック。
メルウィック・スワロウ。スワロウ侯爵家に生まれた次男だ。
王国貴族の爵位は多くが世襲制。ただし『長男だから必ず爵位を継げる』という法律はない。
また、ほとんどの家門の当主を、現在は男性が務めているが、別に女性が爵位を継げないわけでもない。
たとえば、正式にカーン伯爵位を継ぐのは女性であるレティシアだ。
彼女はレティシア・カーン女伯爵になる。
今の領地なら爵位の返上はせずに済みそうだからね。
つまり、レティシアの伴侶に求められる条件とは、伯爵家に婿入りをしてもいいと本人や伯爵夫妻に認められた男だ。
そういった王国の爵位制度のもと、スワロウ侯爵家には兄と、弟である俺が生まれた。
高位貴族、それも侯爵家ともなれば家門、派閥というものが大きく、関わる人間も多くなる。
だからスワロウ侯爵家を継がせるのは兄か俺かで睨み合う親戚たちを見てきた。
兄は優秀な貴族令息だ。他家と比べても上位の人だろう。
だけど俺には……優秀すぎる魔法の才能があった。それも幼い頃から。
魔法が使えるのは貴族の証とまで言われるほど、使える人間には偏りがある。
別に王家でもなく、ただの侯爵家であったスワロウ家なのだが。
兄と俺を競い合わせるような家や親戚たちのことが、俺は嫌いだった。
父も、母も、兄のことも俺は好きだったし。彼らとの関係は良いものだと今でも言える。
しかし、父もまた高位貴族の一員だった。
兄と俺を比較し、きちんとスワロウ侯爵を継ぐべきはどちらかを彼は悩んだ。
……俺は、それが嫌だったんだ。
貴族令息に相応しくないかもしれないが、そんなふうに兄と爵位を争うぐらいならスワロウ家から俺がいなくなった方がいい。そう思った。
まだ幼いながら体もできてきた頃の俺だ。未成年のガキ特有の万能感もあった。
……俺なら家を出てもやっていけると思ったんだ。
幸い、魔法の才能があったし。
書き置きを残して俺はスワロウの家を出ていった。
貴族の身分を捨てて生きていく場合、市井で働いて暮らさなければならない。
俺に何ができるのか? 魔法の才能を売りにした何かだろう。
手っ取り早く魔獣……魔力を帯びた野性の獣……の始末で金を稼ごうか。
そんなことを考えた。
たぶん、というか事実として俺は強かった。当時の実力でもだ。
護衛をつけていない、ばかな貴族のお坊ちゃんだと、見下してきたごろつきに襲われそうになった時も、あっさりと返り討ちにしたし。幼い俺は悠々自適の野良生活を楽しんだ。
大人に負けない力と学さえあれば子供一人だけでも意外となんとか生きていけるもので、俺の家出生活は、わりと長く続いたと思う。
定住する場所はとくに決めず、フラフラと興味の向くままに流れてきた場所が、当時のカーン伯爵領だった。
貴族の学力と少年の気持ちが両立した年頃の俺は『閉ざされた鉱山』という響きにちょっとしたロマンを感じていたんだと思う。
そこに行けば得体の知れない魔獣を見つけられるんじゃないかと。
調子に乗った俺は『立ち入り禁止』となっていた地区に入り込んだ。一人で、だ。
ああ、カーン伯爵にこのことを話すのは本当に申し訳ない。
普通にそんなの、事件だからね。
しかも侯爵令息が自領で危険な廃鉱山に侵入、怪我でもしたら、死にでもしたら。
そう考えると気が気じゃないだろう。
追い討ちをかけてしまうんだけど、実はその時にさらなる問題が起きた。
「──そっちに行くと危ないわよ」
「……誰、お前?」
夢見がちに立ち入り禁止の廃鉱山に一人で入って行こうとしたガキの俺を呼び止めたのは、さらに歳下の子供だった。
肩まで伸びた金色の髪。エメラルドグリーンの瞳。
整った見た目だが、幼くて『女性』なんて意識はしなかったけれど、それでも女性だとは見た目でわかるくらい、可愛いらしい少女。
「わたし? わたしは……レティシアよ!」
そう。幼い頃のレティシア・カーンが、廃鉱山に入ろうとする俺を呼び止めたのだ。
彼女は、ある事情で、その時のことを忘れてしまっているけれど。
俺とレティシアは、実はもっと幼い頃に出会っていたんだ。