リハビリな五月病
 それなりにうまく続いていたカノジョと、どういうわけだか辰也(たつや)は別れることになった。別れに至った経緯は理路整然とした順番を伴う明確なものではなく、自分の気持ちも相手の気持ちも、いったいどんな色と形をしていたのか、とても曖昧だった気がする。ただ、「別れる」という結論以外に落ち着ける場所がなかったことはたしかだ。

 消化不良のような別れのせいなのか、辰也はいま、とても混沌としていた。恋人と別れて悲しいとか寂しいとか、そういう感情が皆無だとは言わないが、そこまで悲嘆しているのかと問われると、「別に……」と答えそうになる。けれども、すっきりとした気持ちかと問われると、決して肯定はできない妙なだるさが胸の中に陣取っている。

 ゴールデンウィークが終わり、五月病が流行りだす新緑の季節。
 奥寺辰也はぼんやりと窓の外を眺める機会が多くなった。きれいだが、どこか粘性の高い水の中にいるようで、何をしても誰と話をしても、気分がすっきりと晴れない。そんな気だるさが、いつまでも続く。
 アンニュイな空気はまるで別れた恋人の代わりと言わんばかりに、四六時中辰也を覆っていた。


   ◆◇◆◇◆


 高校三年生の辰也は受験生だ。将来のことを考えて進路を選択し、大学受験に挑まなければならない。
 ついこの間まではそんなこと、悩むまでもなく当然の道だと思えていたはずなのだが、カノジョとの別離が原因だろうか、決めたと思っていたはずのことなのに、今は自信がない。自分は将来に何を望むのか、どうなりたいのか。その将来のためには、どの大学のどの学部へ行くべきなのか。いま優先して勉強すべきことは何なのか。それらが、どうにも頭の中からすり抜けて落ちていく。
 地に足が着いていない。どこにも定まらず、形の見えないふわふわとした感覚を持て余している。問題も原因もわからない。とても曖昧な状態だ。

 そんなふうに、ぼんやりと教室の外を眺めていた辰也はある日、一階の渡り廊下で女子生徒に告白している男子生徒を見かけた。

「す、好きです! 付き合ってください!」

 緊張で若干震えてはいたが、十分な熱量のある声。校舎と体育館をつなぐ渡り廊下は、三年生の教室からよく見えるうえに、周囲が静かなら、そこでの会話もかなり明瞭に聞こえてくるのだ。
 制服にまだ少し「着られている」感じがするその男子生徒は、おそらく一年生だろう。入学から日は浅いだろうに、早速女子生徒を相手に恋の花の一つや二つを咲かせようという――

「ごめんね、いま、リハビリ中なの」

 ――わけにはいかなかった。
 振られた男子生徒は、女子生徒の不思議な返事に首をかしげながらも、残念そうに背中を丸めて去っていった。
 知りもしない下級生の男子生徒に「惜しかったな」と、同情の言葉を胸の内で呟いて、辰也はぼんやりとした視線を空に向けた。

 なぜ、別れたんだろうか。
 そもそも自分は本当に、彼女のことが好きだったんだろうか。
 逆に彼女は本当に、自分のことが好きだったんだろうか。
 恋愛の正しい形は、どういうものなんだろうか。
 それよりも、将来、自分は何をしていたいのだろうか。
 無為に過ぎていくこの時間を、自分はひどく無意味に浪費していないか?
 勉強しないといけないのではないか? でも、何のために?
 自分がいまここに生きていることには、何か意味があるのか?
 青臭いにもほどがある疑問が右から左へ、雲と同じ速度で流れていく。
 そしてまたある日、渡り廊下では恋物語のワンシーンが演じられていた。

「ほかに好きな人がいるわけじゃないわ。でも、まだリハビリ中なの」

 なんだか聞き覚えがある、不思議な台詞。
 辰也が視線を下げると、それは先日も告白されていた女子生徒だった。
 セミロングの髪の毛はやけに細く、微風にさらさらと揺られている。相手のほうは、制服に着られている感じが残る先日の男子生徒と違ってどことなくフレッシュさはないので、二年生か三年生だろう。
 女子生徒の顔は見えないが、この短期間で二度も告白されているのだから、それなりの容姿なのだろう。それか、とてつもなく性格が良いか。だが、その謎めいた断り方から性格の良さを想像することは、辰也には難しかった。


   ◆◇◆◇◆
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