白い結婚で捨てられた王妃は、「あなたのために王になります」と言った義弟の手を取る
 セレスティーヌが滞在する屋敷に戻ったのは夕刻近い時間だった。

「結局、私が捕まってしまって、あなたに市場をあまり案内できなかったわね。ごめんなさい」
「いえ。僕は十分満足ですよ。あなたの仕事ぶりが見られましたから」

 応接室。セレスティーヌの向かい側のソファーに座ったレオンハルトはそう言ってにこりと笑った。

「仕事だけれど、あなたは領主だって名乗らなくて良かったの?」
「いいんですよ。領主だなんて下手に名乗ったら、緊張してしまうでしょう? ありのままの領民たちが見たかったわけですから」
「ならいいのだけれど」
「義姉上は、王宮とはうって変わって生き生きとしてましたね」
「だって、王宮では書類とのにらめっこしかしてこなかったのだもの」

 本当であれば、王妃として慈善事業で孤児院を訪問する機会もあったはずだ。だが、クラウスの仕事の肩代わりでそんな暇はなかったのだ。

「とても充実しているわ。役目を与えてくれてありがとう」
「あなたが喜んでくださるのならいくらでも」

 セレスティーヌが満面の笑みで礼を言うと、レオンハルトも破顔した。その笑みにセレスティーヌの胸がどきり、とする。
 知り合った頃は十一歳だった彼も、もう十八歳。成人したのだ。婚約者はいないものの、国中の令嬢が彼の婚約者の座を狙っている。

「それで――その王都ですが、案の定、混乱しています」

 おそらくこれが今日の本題なのだな、とセレスティーヌは思った。

「アルヴェリアの条約破棄が痛手だったようですね。もともとないに等しかった陛下の求心力は落ち続けています。アルヴェリアの後ろ盾を失った今、いつ周辺諸国から侵略されるかもわからない、と一部の貴族たちは泥船から逃げだそうと必死なようですよ」
「なるほど。だから、陛下から戻ってこいという手紙ばかりくるのね」

 セレスティーヌは苦笑する。どうやらクラウスはセレスティーヌの居場所を突き止めたらしい。だが、直接謝罪するのはプライドが許さないのだろう。「拗ねてないで戻ってこい。アルヴェリアとの条約を結んだら、少しは愛してやってもいい」などと鼻で笑うしかない文言の手紙が届いている。もちろん無視だ。

「でも、王都の混乱はそれだけじゃないでしょう?」

 セレスティーヌが意味ありげにレオンハルトに笑いかけると、彼はいたずらがばれた子供のような表情をした。

「ばれましたか。――といっても、僕が管理していた交易ルートを少し変えただけですよ。王都を外しただけです」
「それで王都に品物が入ってこないのね」

 リンデンは、最近王都から流れてきた民も多い。彼らからそんな話をよく聞く。

「それに、実際のところ、兄上の自業自得ですよ。王都だけの特別関税……なんて作ったら、商人たちが嫌がるのは当たり前じゃないですか。ただでさえ、条約破棄でアルヴェリアを通る陸路は通行料がかかるようになったのに」

 そのおかげで、リンデンにますます品物が集まるんですけどね、とレオンハルトは続ける。

「特別関税……。初耳だわ。カーラ妃の散財が激しいみたいだからその補填かしら」
「あの人はお金が湯水のように沸いてくると思ってますからね。あとは単純に条約破棄の影響ですね。いろいろな優遇がなくなりましたから」

 セレスティーヌがいなくなった時点で、王都の機能は半分は停止したようなものなのだ。
 そして、もう半分を担っているのがレオンハルト。だが、彼も手を引きつつある。
 絶対にクラウスは認めないだろうが、実質この国を回していたのは、セレスティーヌとレオンハルトの二人。
 クラウスは仕事ができない。彼が悪いというよりも、彼の母親が甘やかしすぎたのだ。そのため、間を空けて生まれた弟レオンハルトは、悪影響を避けるため、母親から早くに引き剥がされたらしい。

(陛下は、上に立つものは人を使えてこそ一人前だ、ってうそぶいていたけれど)

 今、かろうじて王宮が回っているのは、レオンハルトの息がかかった人間が最低限のことをしてくれているから。それすらもレオンハルトの計略だ。
 生かさず殺さず。
 しかし、クラウスはそのことに全く気づいていない。
 レオンハルトは王都に足を運ばずとも、重要な情報を手に入れているというのに。

「それで義姉上。僕のところに面白い招待状が届いたんですが、あなたのところにも届いていますか?」

 レオンハルトが胸ポケットから一通の封筒を取り出した。王家の封蝋がされているそれ。

「ええ。もちろんよ。建国記念式典でしょう? 一体誰が仕切るのかと思うけれど」

 セレスティーヌは口元に笑みを浮かべた。
 クラウスが即位してから式典を仕切ってきたのはセレスティーヌだ。クラウスには最初から期待していないし、同じ役割がカーラという伯爵令嬢にできるとは思えない。おそらく、レオンハルトの息がかかった臣下がそれっぽい感じで仕切るのだろう。

「どうせだったら、そこで決着をつけましょう。レオン殿下」
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