消して、奪って、きみだけを
どうやらそこはリビングみたいだった。
インテリアもお城みたいにエレガントな雰囲気に統一され、細部まで掃除が行き届いていて綺麗なのに、どこか寒々しい印象を受ける。
『口で言っても分からないんだから仕方ないでしょ? あなたのためを思ってのことなの。あんな男みたいにならないように……』
廊下の方から、お母さんに引きずられるようにして叶人くんが現れる。
爪が食い込み、色が変わるほど強く腕を掴まれていた。
『いた、い。はなして、お母さん……!』
『痛いのも厳しいのも愛情なのよ』
叶人くんが抵抗しようとしたら、お母さんはそう言って彼の胸ぐらを掴んだ。
引っ張り上げるようにして目を合わせる。
『わたしがしつけないとあなたがだめになるの。あの男の汚い血が流れてるんだから……』
その声は冷たいだけじゃなく、嫌悪のようなものが滾っている感じがした。
それでいて、叶人くんを掴むその手も、怯えて震える彼以上に激しくわなないていた。
我を失っている様を如実に示している。
『血を止めなきゃ……。全身に毒が回っちゃう……』
素早く周囲に視線を巡らせたお母さんは、ふとテーブルの上のアイロンに目を留めた。
そのそばにはしわひとつない叶人くんの服が置かれている。
床に引き倒された彼に、アイロンを掴んだお母さんがゆらりと迫った。
噴き出したスチームが音を立て、叶人くんはおののいたようにあとずさる。
『や、やめて。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……』
『これはね、言わば治療なのよ。あなたに必要なこと』
『やだ。いやだ!』
『そうやってわたしの言うことを聞けないから……。あなたはわたしを支えるために生きてるのに!』
────叶人くんが苦痛に悶える声は、たまらず耳を塞いでも指の隙間を割って響いてきた。
怖い。怖くてたまらない。
衝撃と動揺で縫いつけられた足をどうにか押し出し、生まれたての小鹿より頼りない足取りで門の外へ飛び出した。
心臓が破裂しそうなくらい暴れて、息を吸い込んでも肺に取り込めない。
先ほどの光景が、声が、こびりついて離れなかった。
家へ帰ったあと、ひとりでずっと震えていた。
母が帰宅する夜遅い時間まで眠れず、そんな母にも何も話せなくて、半分は呆然としてしまいながらくっついていたことを思い出す。
どうしたの、と心配されても声すら出せずにただ首を横に振るばかりだった。
時間が経つほどに恐ろしさが増していったのだ。
虐待────という、テレビか何かで目にした言葉が意識の隙間を割って滑り込んできた。
遠い国の紛争や人種差別くらい、自分ともその周囲とも結びつかないと思っていた単語が生々しく突きつけられて戸惑っていた。