朝日有希の本当の名前を、僕はまだ知らない
第1話 有希と雪
人生なんて、空っぽだ。

生まれてきたことに意味なんてない。

そう思っていた。

君に出会うまでは。



「テイクアウトで。トール、ホット、ロイヤルミルクティー、オーツミルク変更で」



「え? なにそれ呪文?」



「病院の1階、カフェあるでしょ。そのまま言えば通じるから。いますぐ」



有希(ゆき)は今日も会った瞬間に、挨拶もなしにワガママ三昧を言う。



「……ハァ、わかったよ」



僕は松葉杖を持ち上げてトンと音を立て、来た方向と反対側に変える。

内心、わかっちゃったのか、と思う。



「行ってらっしゃい、湊月(みつき)



それでも背中に浴びる、有希の優しく透明な声を聞いたら、言う通りにしたくなる。

いつからドMになったんだろ、僕は。



「行ってきます、有希」



振り返らずに軽く松葉杖を振って答える。

顔を見なくても、有希の気配を感じる。



窓の外には小雪がちらついていた。

今週には根雪になるらしい。



あぁ、夏に入院したのにもう冬になる。

ここに居ると、外の温度さえ分からない。



ずっと一定、ずっと真っ白、消毒液と退屈、死と生を否応なく突きつけられるこの世界で、僕はずっと立ち止まっていた。



「ねぇ、貴方、死ぬの?」



この同じ歳の少女ーー朝日(あさひ)有希に出会うまでは。

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