この恋、上方修正銘柄です!
週も半ばにさしかかった仕事帰り。地下鉄への連絡階段の入り口付近で、九条に声を掛けられた。
「おつかれさまです。今日は直帰じゃなかったんですか」
「最近ロクに話せてなかったし、待ってた」
待ってた、という語感が優しくて、また勘違いしそうになる。疼く胸を押さえて階段を下りると、当たり前のように隣に並んで、
「腹減ったー。なんか食って帰ろ」
「……今日は疲れたから、真っ直ぐ帰る」
「なあ、なんか俺のこと避けてない?朝の電車の時間、ずらしてるやろ」
「ちょっと寝坊しただけ」
「この前家に着いたらLINEしろって言うたのになんも連絡ないし、その後もずっと既読スルーやし」
「……ごめんなさい」
「いや、別に謝って欲しいワケじゃなくてやな……心配するやろ」
ぼそりと言われた最後の言葉が胸に響く。
階段を下りきった先に続く地下街は、帰宅を急ぐ人で溢れている。
「もしかして、この前のこと、怒ってる?」
「……この前のことって?」
「抱きしめて、キスして、その先もしようとしたこと」
ストレートに言われて、怯んだ。
ふたりともお酒が入っていたし、たまたま目の前に居たのが自分だっただけで、きっと九条は誰でも良かったのだ。
黙った錦に返事を聞くことを諦めたのか、
「あと、これ。部屋に忘れてたやろ。俺の服のついでにクリーニング出しといたから」
「……ありがとう。お金は明日払います。借りてたジャケットも今度返すから」
「いや、それはええんやけど……あ。もしかして、あの後これに気がついて、取りに戻って来たとか?」
こういうことにやたら察しが良いのは昔からだ。
「何か見た?」
「……ブロンド美女を部屋に連れ込んだところなんて見てない」
あー、と九条は額を手のひらで覆った後、
「クロエとはホンマに何もない。そういうんじゃないから」
クロエと呼んだ声に滲む、親しげな響き。
あの光景を見る限り、はいそうですかとは思えない。しかも彼女は、錦が知ってる九条の元カノたちが一瞬で霞むくらい、次元の違う美しさだった。
この感情が何なのか。本当はとっくに気づいている。けど気づいたところでどうにもならない。
「別にいい。聞きたくない。私には関係ないし」
「じゃあ何でそんなに怒ってんねん」
「怒ってない。昔っから九条くんがこうなのは知ってるし。今更何を見ても、別に驚かないから」
「いや、だからそうじゃなくてやな!俺は昔からずっと……!」
「ずっと、何?」
「あ、いやその……」
口籠る九条のスマホが鳴る。その隙に、錦はICカードを通して改札を通った。
「ああもう、なんでこうなるかなあ……」
はい、と力なく電話に出た九条の嘆きは、雑踏にかき消された。