別にあなたに愛されなくても。〜死に戻った侯爵夫人は、二度と夫を愛さない〜
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 昨晩の夫は、一体何だったの?

 急に別人になったみたいに、私の部屋に来て、私を……押し倒そうとするなんて。
 初夜であれだけ拒否してきたのは一体誰だと思っているのかしら?
 まぁ、二度目の人生では私も拒否した様なものだから、そこはお互い様ではあるのだけれど……。

 というか、どうして急に私を求めてきたのかしら?
 まさか、キャロラインさんが処刑されたから、その代わりの相手が欲しかったとか……。そうだとしたら、本当に最悪だわ。

 それにしても、私も少し……やってしまったな、と思う。キャロラインさんが処刑されて、私が殺される可能性が低くなったからって、「愛しておりません」なんて言うんじゃなかった。
 下手したら、逆上した夫に無理やり……なんてことも有り得たもの。

 諦めてくれて、本当に良かった。

 けれど、妙に心がざわつくのはなぜかしら。夫の心変わりに、心がついていかない。全く嬉しくもないし、むしろちょっと……怖いくらい。

 なぜ私が愛していないと言って、あんなに落ち込んだ様子になるのか理解ができない。あなたはキャロラインさんを愛していたのではなかったの?

 わからない、夫のことが……日に日に、わからなくなっていく。




 ____誰かに、相談したい。

 でも、「一度目の人生と違って、夫の様子が変なんです」なんて相談、イザベラ様たちには絶対にできない。頭がおかしくなったんだと思われてしまいそうだもの。

 じゃあ、誰に相談すればいいの?
 私の事情を知っていて、それで尚且つ、私の話を受け止めてくれる人なんて…………。


「…………あ!」








 ふと思いついた私がやってきたのは……王立図書館だった。
 でも、今日はいつもとは違う。サラもアントニーも連れずに、一人で馬車に乗ってきた。

 …………バレたら、きっと怒られるでしょうね。

 けれど今日は……どうしても、一人がよかったの。サラとアントニーは一緒にいると元気が出るけれど……なんだか今は、そんな気分にもなれなくて。

 そして私は、一人で図書館の扉を潜る。

 そして、いつもの定位置に向かった、その時だった。


 ____誰か、いる。

 長いコートに、フードを深く被った背の高い男性。
 私が王都で酔っ払いに立ち向かった時、助けてくれた格好と同じ。

 …………間違いない、この人は……。


「アレク様……ですよね?」

 私は震える声を誤魔化すように、ぎゅっと両手を握りしめた。
 けれどアレク様は、何も仰らずに私に背を向けてその場を去ろうとしてしまう。

「待って!!」

 私は思わず、アレク様を引き止める。こんなに必死な気持ちになったのは、二度目の人生で初めてかもしれない。

 でも、ここでアレク様が去ってしまうのを見逃してしまったら……。もう会えなくなる、そんな気がして。

 アレク様の足が、ぴたりと止まる。そして、背を向けたままフードを深く被り直した。

「……あなたが、尊い御方だということは……私にも、わかっております。けれど、どうしても……あなたの顔を見て、一度直接お礼を言わせていただきたいのです。私の死の真相を暴いてくださったこと、時を巻き戻してくださったこと、この本を書いてくださったこと、私を見守ってくださったこと…………その全てに、感謝しています」
「………………」
「だから、私はもっとあなたと____」
「……シャーリン、ごめん」
「…………え?」

 何に謝られたのかわからなくて、一瞬思考が停止した。でも、私今……拒絶、されたの?

 ショックで頭が働かなくなる。何も言えなくなってしまった私と、何も言わないアレク様の間で、沈黙が流れた。


 けれど、それから少し経った後。
 アレク様がゆっくりとこちらを振り返った。フードのせいで、顔はよく見えないけれど……。

「すみません、今はまだ、ダメなんです。あなたの気持ちは嬉しい。私もあなたと話したい。けれど……きっと今あなたの顔を見たら、この気持ちが抑えられなくなってしまう。だから、今はどうか、ご容赦ください」

 ……そう仰ったアレク様の頬は、微かに赤くなっている……ように見えた。フードの影のせいかもしれないけれど。

 そして、私の顔に血が集まっていくのがわかる。顔が熱い。きっと私、今真っ赤だわ。

「……そんなに可愛い顔をしないでください。本当に、抑えられなくなってしまう」
「ひ、ぇ…………」
「私はもう、行きます。ですが、約束します。その時がきたら、あなたを絶対に迎えに行く。私はいつでも、あなたの味方です」

 アレク様はそれだけ言うと、「…………それでは」と呟いてから、去ってしまった。

 私はもう、追いかけることすらできなかった。

 心臓がバクバクうるさくて、鳴り止まないの。こんな気持ち、知らない。

「この気持ちは、一体なんなの……」

 私はしばらくその場に蹲っていたけれど、ふと、今日の手紙を確認していないことに気が付いた。

 まだ顔が熱いけれど、そんなことは気にせずにゆっくりと本に手を伸ばす。

「……やっぱり、手紙だわ」

 そこには前回と同じく、王家の紋章で封をされた手紙が入っていた。
 封を開けて、便箋を取り出す。

 そして私は、上からゆっくりと、アレク様の文章を咀嚼した。


【親愛なるシャーリン

 お元気ですか。体は壊していませんか。
 メルローズ男爵とキャロラインが処刑されましたね。
 これは、あなたの努力の賜物です。ただ……あなたは本当に、心配になることをする。
 新聞の記事を読みましたが、一人で男の屋敷に乗り込むなんて、危険すぎます。私がその場にいたら全力であなたを守って差し上げることが出来たのに。

 今だけは自分の立場が煩わしくて仕方がありません。

 あなたは魅力的な人だから、皆があなたを狙っているはずです。私は心配で心配でたまりません。

 でも、何事もなくてよかった。ヴァイス公爵夫妻には、褒美を与えなければなりませんね。

 そして、シャーリン。よく頑張ったね。
 私は、あなたが誇らしい。一度目の人生でも二度目の人生でも、あなたは誇り高くて美しい。その美しさは、やっぱり変わっていないと思いました。

 早く私も、あなたを迎えに行きたい。きっと、もう少しです。

 私があなたに手を差し伸べたら、あなたはその手を取ってくださるでしょうか。
 そして、あなたを抱きしめて、あなたの体温を感じたい。
 あなたも、いつか私と同じように思っていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。

 最後に。
 愛しています、シャーリン。

 世界中の誰よりも。

 アレク】





「…………本当に、ずるい人」

 アレク様の文章は、いつも、私への愛に溢れていて……私はそれに触れる度、心臓が騒がしくなって仕方なくなる。
 この気持ちが、何なのかは私にはまだわからない。

 でも、これが恋であればいいと思う。恋ではないとしても、愛になればいいと思う。

「私も、早くあなたの手を取りたいです……」

 ぽつりと呟いた言葉は、静かな図書館の中で小さく響いて溶けていったのだった。
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