婚約者を妹に奪われたのでヤケ酒していたら、なぜか黒薔薇公爵に求婚されました

三章 記憶

 あの新婚旅行から二ヶ月が経った頃。
 私達は、ようやく穏やかな日常を取り戻すことが出来ていた。

「わぁ……このムニエル、すごく美味しいです!」
「はは、リリーは本当にご飯を美味しそうに食べるな」
「も、申し訳ございません。はしたなかったでしょうか……?」
「いいや? 可愛いなと思ったんだ」

 ……こんな感じで、クラウド様からの甘い言葉は今日も絶好調……どころか、日を増す事にどんどん糖度が増している。
 このままじゃ私、砂糖漬けになってしまうんじゃないかしら……!?

 セーラはそんな私達の様子を見て、ニコニコと嬉しそうだ。
 長い間自責の念に駆られていたセーラだったけれど、最近はようやく落ち着いたみたい。前みたいな笑顔で接してくれるようになって、嬉しい限りだわ。

 そんなセーラを見て私も思わず微笑んでいると、クラウド様がムニエルをナイフで切り分けながら、穏やかな笑みで話を始めた。

「リリー、君がもし良かったら……朝食の後、舞台を観に行かないか?」
「舞台……ですか?」
「あぁ、最近話題になっている舞台のチケットが取れてな。最近忙しくてデートもできていなかったから、リリーさえよければ、と……」

 そう言ってクラウド様は、私の様子を窺うように「……だめか?」と念を押してきた。
 相変わらず、可愛らしい人。身体はとても大きいのに、なんだか子犬みたいだわ。

「ふふ、舞台を観に行くのなんて初めてです。お誘いとても嬉しいですわ。ぜひご一緒させてください」
「そ、そうか……! なら、リリーの準備が出来次第出発しよう。開演まではまだ時間があるから、ゆっくりで構わない」
「はい、お心遣いありがとうございます」

 ……平静を装って返事をしたけれど、私の心臓はドキドキと高鳴っていた。
 だって、新婚旅行を除いたら結婚してから初めてのデートなんだもの!
 最近あまりにも忙しすぎて、デートどころではなかったのよね……。

 ***

「ねぇセーラ、どっちのドレスの方がいいかしら? この紫のドレスも素敵だし……でもクラウド様の隣を歩くんだもの、こっちの青いドレスの方が豪華で良いかしら……?」

 部屋に戻った私は、結婚祝いにお義母からいただいた沢山のドレスの前で頭を抱えていた。
 どれもこれも素敵すぎて、結婚前の私だったら着れなかったドレスばかり。そんなドレスの中からデートの勝負ドレスを選ぶなんて、至難の業すぎるもの。

 そんな私の様子を側で見ていたセーラは、ニヤニヤと笑いながら悪戯っぽく話し始めた。

「実は……そんなアイリス様にぴったりのドレスがあるんです!」
「え? ドレスって、このクローゼットにあるもので全部だったわよね?」
「えへへ、つい先程届いたんですよ! それがこちらです! 開けてみてください!」

 楽しそうなセーラに促されて、大きな箱の赤いリボンをしゅるしゅると解いてみる。
 中に入っていたのは……ガーネットが装飾されてキラキラ輝いている、深紅のドレスだった。
 お義母さまに初めていただいた赤いドレスよりも、深い赤色だ。

「まぁ……! なんて素敵なの……それに、このドレス、クラウド様の瞳の色と同じだわ……」
「ふっふっふ……何を隠そう、このドレスはクラウド様がご用意されたんですよ! 今日のデートのためのプレゼントですって! ほら、靴もあるんですよ」

 そう言ってセーラが差し出してきたのは、ドレスにピッタリな深紅の美しい靴だった。ドキドキしながら履かせてもらうと、その靴は私の足に驚くほどフィットしていた。
 まるで、どこまででも歩いていけちゃいそうなくらい、素敵。

「アイリス様……! とっても素敵ですよ! ほら、早くドレスも着ちゃいましょう!」
「えぇ、お願いするわ……」

 セーラにコルセットを締めてもらって、ドレスに袖を通していく。
 服を着るのにこんなにドキドキしたのは、人生で初めてかもしれない。

 鏡の前に立って、クラウド様にいただいたドレスを着用している私を見た。頬が紅潮していて、心なしかうっとりしているのがなんだか恥ずかしい。

「このドレス、あのルビーのイヤリングもぴったり合いそうですね」
「そうね、今日はそのイヤリングと……髪は、イヤリングが見えるようにスッキリ纏めてもらえる?」
「はい、もちろんです」

 クラウド様は、このドレスを着た私を見てなんと言ってくれるだろう。想像しただけでワクワクして、期待で胸が膨らんだ。

 ***

「クラウド様、お待たせいたしました……」

 ようやく支度が終わって、クラウド様の部屋を尋ねる。想定よりも準備に時間がかかってしまったけれど、時間をかけた甲斐があるような出来に仕上がっていると……思う。

 そしてクラウド様は私の姿を見たかと思うと、口を小さくぽかんと開けて固まってしまった。それから数秒した後に耳を微かに赤く染めて、私からフイ……と目を逸らす。

「リリー……本当に、その、綺麗だ。……まずいな、俺が贈ったドレスなのに、他の誰にも見せたくないと思ってしまうくらいには似合っている」
「あ、ありがとうございます……」

 クラウド様につられて、私まで顔が熱くなるのがわかった。

「……じゃあ、行こうか。……本当に、世界中の誰よりも美しいよ」
「クラウド様も、とても素敵ですわ」

 そんな褒め合いをしながら、時間をかけてゆっくりと公爵邸を出た。いつもよりも丁寧にエスコートされて、馬車に乗り込む。

 私達夫婦の初めてのデートが、はじまろうとしていた。
< 30 / 65 >

この作品をシェア

pagetop