婚約者を妹に奪われたのでヤケ酒していたら、なぜか黒薔薇公爵に求婚されました
「あ……! クラウド様、見てください。あの酒屋、私達が初めて会った酒屋ですよね?」
「あぁ、本当だな。あの日に会ったリリーは……今にも壊れてしまいそうだったけれど、この数ヶ月で随分強くなった」
「……私はもう、グレンウィル公爵夫人ですもの。守られるだけの伯爵令嬢じゃないんですよ?」
「はは、そうだったな。……本当に逞しく、美しくなった」

 馬車の窓から見える景色を眺めながら、和やかな会話を交わす。
 まぁ、クラウド様は窓の外ではなく私を見ていらっしゃるのだけど……!

 ……嬉しいやら恥ずかしいやらで、感情が落ち着かないわ。顔が熱くなるのを誤魔化すように、ぱたぱたと手で顔を煽った。

「そろそろ着きますよ。下車のご準備を」

 御者のケインが声をかけてくれてから少しして、ゆっくりと馬車が速度を落とす。
 クラウド様が先に降りて「愛しい人、お手をどうぞ」なんて言うものだから、私は笑いながら「はい」と返事をして手を取った。

 今日のクラウド様は、一段と甘い。
 それも……新婚旅行の時よりも、格段に。

 まるでドレスと一体化してしまいそうな程に、顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
 今の私、本当に幸せ者ね……。

 馬車から降りると、目の前には立派な劇場……ではなく、レストランと思われる建物があった。
 少し困惑していると、クラウド様が私に声をかけてくれた。

「舞台は午後からだから、それまでの間に昼食を……と思って、レストランを予約しておいたんだ。リリーは、魚が好きだったよな?」
「はい、大好きです。想像するだけで、お腹が空いちゃうくらいに」
「良かった。俺が気に入っている店でもあるんだ。……リリーも気に入ってくれたら、俺も嬉しいよ」
「えぇ、きっと気に入ります。クラウド様が選んでくれたお店ですもの」

 私の好みを覚えてくれていたのが嬉しくて、自然と笑顔になる。
 クラウド様はそんな私を見て顔を赤く染めて、軽く咳払いをした。

「ま、また君はそんな不意打ちを……。……じゃあ、行こうか」
「はい、とても楽しみです」

 ***

 レストランの食事は……本当に最高だった。
 どれもこれも、私の好物ばかり。
 店員の接客も心地よく、絶対にまた二人で来たいなと思えるくらいには。

「とても美味しかったです! この後の舞台も楽しみですわ」
「喜んでもらえて嬉しいよ。じゃあ、また馬車に乗ろうか」
「……いえ、せっかくですし、少し二人で歩きませんか? その……せっかくのデートなのですから」

 私は勇気を出して、クラウド様の腕に自分の腕を絡ませる。
 クラウド様は一瞬硬直してから、耳を赤く染め上げた状態で返事をしてくれた。

「あ、あぁ……そ、そうだな、デート……なのだからな」
「はい、デートですから」

 ……クラウド様って甘い言葉をたくさん伝えてくださるけれど、私から攻めると途端に可愛らしい反応をされるのよね。
 まぁ、これは最近になってようやくわかったことなのだけれど。

 クラウド様とゆっくり、歩幅を合わせて街を歩く。
 周りから見た私達は、どんな風に映っているのかしら。恋人? 友人? 願わくば、仲睦まじい夫婦であることを願う。

 クラウド様が突然立ち止まる。それから、嬉しそうに私に声をかけてきた。

「あの露店の雑貨屋……リリーに似合いそうなアクセサリーが置いてあるな。……あぁ、でも、安物はリリーには似合わないだろうか?」
「もう、クラウド様ったら……! 私はクラウド様が選んでくださったものなら、どんな宝石よりも価値があると思っています」
「そ、そうか……! なら、少し見ていかないか?」
「はい、ぜひ!」

 そんな会話を交わしながら、雑貨屋へ向かう。
 そこには小さな宝石があしらわれた可愛らしい髪飾りが並んでいて、私はその美しさに思わず目を奪われた。

 ……というかこのクオリティ、露店のアクセサリーとは思えないわ。一体どんな方が作ってらっしゃるのかしら……。

 そう思って店員の顔をチラリと見ると、その店員は紫の髪がとても美しくて……。アクセサリーや宝石にも負けないような輝きを放っている美少女だった。

 ……なのだが、どうにも様子がおかしい。
 というのも、その店員は目を見開きながらクラウド様の顔を凝視しているのだ。

 クラウド様はとても美しい方だから、このように見惚れる女性はたくさんいるけれど……。
 なんだかこの女性の反応は、それらの普通の反応とは違う気がした。

 ____この時点で私は、正直なんとなく嫌な予感がしていた。
 この平穏で楽しいデートが、少し曇るような……そんな予感が。

 そして悲しいことに、そういう予感というものは大抵当たってしまうものなのだ。

「クラウド様……?」

 女性が、ぽつりと呟いた。
 クラウド様はずっとアクセサリーを見つめていたけれど、名前を呼ばれて初めて女性の方を向いた。
 それから、結婚して初めての夜に聞いてから忘れられなかった、あの名前を口にしたのだった。

「……マリアンヌ、か……?」

 ____平穏な日が崩れてしまうのなんて、案外簡単なのかもしれない。

 少し曇ってきた空の気配を感じながら、私は目の前の二人から目を逸らせなかったのだった。
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