せっかち姫とじっくり武人
第1話
グントバハロン国宗家の末姫イルヴァは、幼い頃から明朗活発で、何事も急いて事を為そうとするために、「せっかち姫」という愛称で呼ばれていた。
末姫なので甘えん坊な性格でもあったが、国政を担う宗家の者としての心構えや立ち居振る舞い、知識などは兄や姉たちと同じようにたたき込まれ、イルヴァ自身も勉強や芸事の習得に積極的に励んだ。あまりにもせっかちで周囲を困らせることもあったが、嘘がつけず、素直で天真爛漫なイルヴァは親兄弟のほか、多くの家臣からもかわいがられて育った。
そんなイルヴァは、十歳の頃に恋をした。相手は名のある武家――ハリーン家の次男ランナル。イルヴァの父であるドナート・グントバハロンが開いた剣舞会でのことだった。
つり上がった眉と垂れ目のギャップ。ほんのりとただようアンニュイな雰囲気。しかし、鋭い長剣さばきに感じられるしなやかな強さ。武人にありがちな、しわがれた声でやたらと大きく叫ぶ、ということをしないスマートさ。それらが、子供ながらもイルヴァの中で目覚めた女心の中心点を、まっすぐに力強く、的確に射抜いたのだ。
剣舞会の客席からランナルを見て興奮したイルヴァは、すぐに世話係の侍女に彼のことを尋ねた。聞けば十三歳も年上とのことだったが、イルヴァの目にはランナルだけが映り、彼以外の異性はもはや何かしらの野菜にしか見えなくなった。
せっかちなイルヴァはすぐにでもランナルに告白しようとしたが、聡明な姉たちに止められた。
「だめよ、イルヴァ。彼のことが本当に好きなら、あと六年は待ちなさい」
「六年も!? どうしてよ、お姉様!」
「あなたはまだ子供よ。大人の彼が、子供を相手にするわけがないでしょう。負け戦を挑みたいの?」
「そうよ、イルヴァ。六年経てば、あなたは成人する。成人女性がする告白なら、少なくとも〝子供の戯言〟と言ってあしらわれることはないでしょう」
「でも、その間に彼が別の女性と結婚してしまうかもしれないわ! あんなにすてきな人だもの! きっと女性たちが放っておかないわ!」
「もしそうなってしまったら、彼はあなたの運命の相手ではなかったということよ。でも安心なさい。純粋で無垢な〝白き心〟を持っていれば、神であるウォンクゼアーザが祝福を授けてくださるわ」
「そうね、常に神に見られていると思って白き心を持ち続けていれば、きっとあなたの想いは成就するわよ」
この世界を創った神、ウォンクゼアーザ。たいそうのんびりとした神で、人間に干渉することはめったにない。しかし「白き心」を持つ者に、時折こっそりと祝福を与えるという。それはウォンクゼアーザが姿を現したりその声が聞こえたりするわけではなく、「祝福された!」という本人の自己申告なので、果たして本当に神の祝福かどうか、定かではない。しかし、欺瞞の心や浅ましい心を持つ者には決しておとずれない幸福が「白き心」の持ち主にはもたらされるという伝承は、長いことこの世界で語り伝えられている。
イルヴァはウォンクゼアーザの存在を疑ったことはない。しかし、大陸西端にあるレシクラオン神皇国の民のように熱心に敬い、祈り、信じているわけでもないので、姉たちに言われるまで、神の祝福については考えもしなかった。
けれども、あの素敵なランナルといつか結婚して好かれることができるのなら、そんな迷信じみた神頼みを本気でやってみようと思った。
「わかったわ……私、がまんする……ランナル様につり合うりっぱな大人の女性になってみせるわ」
十歳のイルヴァはそう誓った。
自分が成人するまでに、ランナルはほかの女性と結婚してしまうかもしれない。けれど一途に想い続けていれば、ウォンクゼアーザが祝福を与えてくれるかもしれない。文字どおりの神頼みだが、わずかでも可能性があるのなら、諦めたくはない。
こうしてイルヴァはせっかちな性分を懸命に抑え込んで、人生で最大の我慢を六年間も続けた。
イルヴァの純粋な片思いを見ていたウォンクゼアーザの計らいなのか、季節がいくつ巡っても、ランナルが誰かと結婚することはなかった。
というのも、武人の彼は大なり小なり争い事が身近にあり、任務のためにグントバハロンを離れて同盟国に長期滞在することもあって、特定の異性と関係を深める時間がなかったのだ。ハリーン家の次期当主である長兄からは幾度となく結婚を急かされていたのだが、次男のランナルは頑として焦りゆえの結婚をすることはなく、仕事に精を出すだけの日々をじっくりと送っていた。
イルヴァは、侍女たちが集めてきてくれた、ランナルの功績や噂話、近況を聞くだけで、直接彼と話すことはほとんどなかった。ハリーン家は武家の中でも有数の名家だが、武人としての務めに忠実なので、公家が開くパーティーに顔を出すことは少なく、遊ぶ時間があるなら鍛錬をしているような家なのだ。
イルヴァがランナルの姿を目にすることができる機会は、年に一度開かれる剣舞会だった。出場者は必ずしも毎年同じではないが、その力強い剣舞の評判がいいのか、ランナルはほぼ毎年参加していた。そんなランナルの姿を見るたびに、イルヴァは「やっぱりランナル様が好き」と、自分の想いをたしかめていた。
そうしてランナルへの想いをつのらせたまま成人したイルヴァは、ある日父のドナートに言った。
末姫なので甘えん坊な性格でもあったが、国政を担う宗家の者としての心構えや立ち居振る舞い、知識などは兄や姉たちと同じようにたたき込まれ、イルヴァ自身も勉強や芸事の習得に積極的に励んだ。あまりにもせっかちで周囲を困らせることもあったが、嘘がつけず、素直で天真爛漫なイルヴァは親兄弟のほか、多くの家臣からもかわいがられて育った。
そんなイルヴァは、十歳の頃に恋をした。相手は名のある武家――ハリーン家の次男ランナル。イルヴァの父であるドナート・グントバハロンが開いた剣舞会でのことだった。
つり上がった眉と垂れ目のギャップ。ほんのりとただようアンニュイな雰囲気。しかし、鋭い長剣さばきに感じられるしなやかな強さ。武人にありがちな、しわがれた声でやたらと大きく叫ぶ、ということをしないスマートさ。それらが、子供ながらもイルヴァの中で目覚めた女心の中心点を、まっすぐに力強く、的確に射抜いたのだ。
剣舞会の客席からランナルを見て興奮したイルヴァは、すぐに世話係の侍女に彼のことを尋ねた。聞けば十三歳も年上とのことだったが、イルヴァの目にはランナルだけが映り、彼以外の異性はもはや何かしらの野菜にしか見えなくなった。
せっかちなイルヴァはすぐにでもランナルに告白しようとしたが、聡明な姉たちに止められた。
「だめよ、イルヴァ。彼のことが本当に好きなら、あと六年は待ちなさい」
「六年も!? どうしてよ、お姉様!」
「あなたはまだ子供よ。大人の彼が、子供を相手にするわけがないでしょう。負け戦を挑みたいの?」
「そうよ、イルヴァ。六年経てば、あなたは成人する。成人女性がする告白なら、少なくとも〝子供の戯言〟と言ってあしらわれることはないでしょう」
「でも、その間に彼が別の女性と結婚してしまうかもしれないわ! あんなにすてきな人だもの! きっと女性たちが放っておかないわ!」
「もしそうなってしまったら、彼はあなたの運命の相手ではなかったということよ。でも安心なさい。純粋で無垢な〝白き心〟を持っていれば、神であるウォンクゼアーザが祝福を授けてくださるわ」
「そうね、常に神に見られていると思って白き心を持ち続けていれば、きっとあなたの想いは成就するわよ」
この世界を創った神、ウォンクゼアーザ。たいそうのんびりとした神で、人間に干渉することはめったにない。しかし「白き心」を持つ者に、時折こっそりと祝福を与えるという。それはウォンクゼアーザが姿を現したりその声が聞こえたりするわけではなく、「祝福された!」という本人の自己申告なので、果たして本当に神の祝福かどうか、定かではない。しかし、欺瞞の心や浅ましい心を持つ者には決しておとずれない幸福が「白き心」の持ち主にはもたらされるという伝承は、長いことこの世界で語り伝えられている。
イルヴァはウォンクゼアーザの存在を疑ったことはない。しかし、大陸西端にあるレシクラオン神皇国の民のように熱心に敬い、祈り、信じているわけでもないので、姉たちに言われるまで、神の祝福については考えもしなかった。
けれども、あの素敵なランナルといつか結婚して好かれることができるのなら、そんな迷信じみた神頼みを本気でやってみようと思った。
「わかったわ……私、がまんする……ランナル様につり合うりっぱな大人の女性になってみせるわ」
十歳のイルヴァはそう誓った。
自分が成人するまでに、ランナルはほかの女性と結婚してしまうかもしれない。けれど一途に想い続けていれば、ウォンクゼアーザが祝福を与えてくれるかもしれない。文字どおりの神頼みだが、わずかでも可能性があるのなら、諦めたくはない。
こうしてイルヴァはせっかちな性分を懸命に抑え込んで、人生で最大の我慢を六年間も続けた。
イルヴァの純粋な片思いを見ていたウォンクゼアーザの計らいなのか、季節がいくつ巡っても、ランナルが誰かと結婚することはなかった。
というのも、武人の彼は大なり小なり争い事が身近にあり、任務のためにグントバハロンを離れて同盟国に長期滞在することもあって、特定の異性と関係を深める時間がなかったのだ。ハリーン家の次期当主である長兄からは幾度となく結婚を急かされていたのだが、次男のランナルは頑として焦りゆえの結婚をすることはなく、仕事に精を出すだけの日々をじっくりと送っていた。
イルヴァは、侍女たちが集めてきてくれた、ランナルの功績や噂話、近況を聞くだけで、直接彼と話すことはほとんどなかった。ハリーン家は武家の中でも有数の名家だが、武人としての務めに忠実なので、公家が開くパーティーに顔を出すことは少なく、遊ぶ時間があるなら鍛錬をしているような家なのだ。
イルヴァがランナルの姿を目にすることができる機会は、年に一度開かれる剣舞会だった。出場者は必ずしも毎年同じではないが、その力強い剣舞の評判がいいのか、ランナルはほぼ毎年参加していた。そんなランナルの姿を見るたびに、イルヴァは「やっぱりランナル様が好き」と、自分の想いをたしかめていた。
そうしてランナルへの想いをつのらせたまま成人したイルヴァは、ある日父のドナートに言った。
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