せっかち姫とじっくり武人
「お父様。私、ハリーン家のランナル様に嫁ぎたいわ」
「ハリーン家……ああ、あの見事な長剣使いのランナルか」
「ええ。子供の頃から、ランナル様だけが好きなの。お姉様たちが同盟国へ嫁いでくださったから、私が嫁ぐべき国は特にないでしょう? それなら、宗家と武家のつながりを強くするためにも、私、ハリーン家のランナル様の妻になりたいわ!」
成人して多少の落ち着きを得たとはいえ、前のめりで早口にまくしたてるイルヴァは、やはりせっかちであった。
「わかった、わかった。ではランナルが承諾すれば、そのようにしよう」
「本当!? ありがとう、お父様! 私、幸せになるわね!」
かくして国主である父の取り計らいによって、イルヴァはめでたくランナルと結婚できた。盛大な結婚式を挙げ、ハリーン家が持つ土地に新しく建てられた住まいに引っ越し、イルヴァは心の中で「ありがとう、ウォンクゼアーザ様」と神に感謝を捧げた。
しかし幸せいっぱいの結婚式の翌日、イルヴァはたいそう不機嫌だった。なぜなら、ランナルがなんと新婚早々、西の同盟国ルティドロンへの派遣任務に出てしまったのだ。なんでも、落ち着いたはずの原住部族の侵入が再燃したとかで、ルティドロンからどうしてもと請われて、ランナルの属する第二陸軍第一陸上戦隊は、慌ただしく馬に乗って駆けていった。せっかくの結婚休暇も、時期をずらして取得するとのことだった。
グントバハロンの北部には東西に広がるアルウィスタン山脈があるのだが、その山脈はちょうど、ルティドロンの領土でなだらかに途切れている。そのため、山脈以北に住んでいる原住部族がたびたびルティドロンに侵入してくる。彼らはルティドロンの土地でできた作物や家畜を奪うだけでなく、時には女子供を攫っていく。北の大地は寒さが厳しく、食物が育ちにくいため、自分たちに不足するものをルティドロンから奪うことで補っているのだ。
そうした被害を長年受けているが、ルティドロンはグントバハロンに比べると軍がそこまで強くはなく、野蛮で戦闘力の高い原住部族を追い払うのに四苦八苦していた。そこで原住部族を追い払ってくれないかと、同盟を結んでいるグントバハロンをよく頼るのだ。
ルティドロンは強大な武力を持っていないが、国全体が豊かな土壌をしており、粘り強くて温厚な国民たちが実に多くの作物を育てる。農耕具の改良に必要だったからなのか、鉄加工技術も進んでいる。それらの作物や鉄製品を、グントバハロンは盛んに輸入している。二国は軍事的なつながりだけでなく、経済的なつながりも深いのだ。他国が両者の関係を揶揄する表現に、「ルティドロンはグントバハロンの台所」という言葉があるほどだ。
そのルティドロンから請われたのなら、グントバハロンが軍を派遣するのは当然のこと。きっと今回もルティドロンは、グントバハロンの武人たちの到着を歓迎し、そして感謝の意を表すためにあれもこれもと、あまたの農作物をお礼に持たせてくれるだろう。
宗家の姫として育ってきたイルヴァに、ルティドロンへ軍を派遣することの意義がわからないはずがない。だから、ろくな会話もできないまま出立してしまったランナルを責める気持ちはない。
しかし、二つ目の不機嫌さの原因にはどうしても納得がいかなかった。
「マーシー、いったいどういうことかしら!」
「イルヴァ様、お静かに。女主人らしい、落ち着きのある態度をお願いします」
婚前からイルヴァ付きだった侍女のマーシー・パトシャは、イルヴァより七歳年上の、中規模商家のお嬢さんだ。実家の事業は彼女の父と兄が担っており、「自分の食い扶持は自分で稼げ」と言われているため、十代の頃からイルヴァの侍女として宗家に仕えて働いている。そしてイルヴァが結婚するにあたり、マーシーはイルヴァと共に新居へ引っ越してきて、引き続き仕えてくれていた。
前々から、「自分が結婚できたら必ずお暇を頂きます」と宣言しており、わりとドライな態度のマーシーだったが、なんだかんだ言いつつもイルヴァが心配なのかかわいいのか、多少なりとも出会いはあるだろうに未婚だ。自分より若いイルヴァが先に結婚したことについて嫉妬することもなく、淡々とこれまでどおり、イルヴァを一番傍で支えている。
そんなマーシーはイルヴァにとって、血のつながらない姉のような存在であり、心から信頼できる侍女だ。
そのマーシーにイルヴァが尋ねるのは、今日でもう四度目のことだった。せっかちなイルヴァは早く答えを知りたいらしいが、その答えを持っている人物は西へ遠征してしまって不在だ。そんなことは百も承知だろうに、イルヴァは落ち着きを失っていた。
「昨夜は初夜だったのよ!? それなのに……それなのにランナル様ったら!」
「閨事がなかったのですね」
「そうよ! どういうことなの!? 初夜は一度しかないのに!」
マーシーが用意してくれたホットティーを飲みながら、イルヴァはリビングルームの窓の外に視線を向けた。
「ハリーン家……ああ、あの見事な長剣使いのランナルか」
「ええ。子供の頃から、ランナル様だけが好きなの。お姉様たちが同盟国へ嫁いでくださったから、私が嫁ぐべき国は特にないでしょう? それなら、宗家と武家のつながりを強くするためにも、私、ハリーン家のランナル様の妻になりたいわ!」
成人して多少の落ち着きを得たとはいえ、前のめりで早口にまくしたてるイルヴァは、やはりせっかちであった。
「わかった、わかった。ではランナルが承諾すれば、そのようにしよう」
「本当!? ありがとう、お父様! 私、幸せになるわね!」
かくして国主である父の取り計らいによって、イルヴァはめでたくランナルと結婚できた。盛大な結婚式を挙げ、ハリーン家が持つ土地に新しく建てられた住まいに引っ越し、イルヴァは心の中で「ありがとう、ウォンクゼアーザ様」と神に感謝を捧げた。
しかし幸せいっぱいの結婚式の翌日、イルヴァはたいそう不機嫌だった。なぜなら、ランナルがなんと新婚早々、西の同盟国ルティドロンへの派遣任務に出てしまったのだ。なんでも、落ち着いたはずの原住部族の侵入が再燃したとかで、ルティドロンからどうしてもと請われて、ランナルの属する第二陸軍第一陸上戦隊は、慌ただしく馬に乗って駆けていった。せっかくの結婚休暇も、時期をずらして取得するとのことだった。
グントバハロンの北部には東西に広がるアルウィスタン山脈があるのだが、その山脈はちょうど、ルティドロンの領土でなだらかに途切れている。そのため、山脈以北に住んでいる原住部族がたびたびルティドロンに侵入してくる。彼らはルティドロンの土地でできた作物や家畜を奪うだけでなく、時には女子供を攫っていく。北の大地は寒さが厳しく、食物が育ちにくいため、自分たちに不足するものをルティドロンから奪うことで補っているのだ。
そうした被害を長年受けているが、ルティドロンはグントバハロンに比べると軍がそこまで強くはなく、野蛮で戦闘力の高い原住部族を追い払うのに四苦八苦していた。そこで原住部族を追い払ってくれないかと、同盟を結んでいるグントバハロンをよく頼るのだ。
ルティドロンは強大な武力を持っていないが、国全体が豊かな土壌をしており、粘り強くて温厚な国民たちが実に多くの作物を育てる。農耕具の改良に必要だったからなのか、鉄加工技術も進んでいる。それらの作物や鉄製品を、グントバハロンは盛んに輸入している。二国は軍事的なつながりだけでなく、経済的なつながりも深いのだ。他国が両者の関係を揶揄する表現に、「ルティドロンはグントバハロンの台所」という言葉があるほどだ。
そのルティドロンから請われたのなら、グントバハロンが軍を派遣するのは当然のこと。きっと今回もルティドロンは、グントバハロンの武人たちの到着を歓迎し、そして感謝の意を表すためにあれもこれもと、あまたの農作物をお礼に持たせてくれるだろう。
宗家の姫として育ってきたイルヴァに、ルティドロンへ軍を派遣することの意義がわからないはずがない。だから、ろくな会話もできないまま出立してしまったランナルを責める気持ちはない。
しかし、二つ目の不機嫌さの原因にはどうしても納得がいかなかった。
「マーシー、いったいどういうことかしら!」
「イルヴァ様、お静かに。女主人らしい、落ち着きのある態度をお願いします」
婚前からイルヴァ付きだった侍女のマーシー・パトシャは、イルヴァより七歳年上の、中規模商家のお嬢さんだ。実家の事業は彼女の父と兄が担っており、「自分の食い扶持は自分で稼げ」と言われているため、十代の頃からイルヴァの侍女として宗家に仕えて働いている。そしてイルヴァが結婚するにあたり、マーシーはイルヴァと共に新居へ引っ越してきて、引き続き仕えてくれていた。
前々から、「自分が結婚できたら必ずお暇を頂きます」と宣言しており、わりとドライな態度のマーシーだったが、なんだかんだ言いつつもイルヴァが心配なのかかわいいのか、多少なりとも出会いはあるだろうに未婚だ。自分より若いイルヴァが先に結婚したことについて嫉妬することもなく、淡々とこれまでどおり、イルヴァを一番傍で支えている。
そんなマーシーはイルヴァにとって、血のつながらない姉のような存在であり、心から信頼できる侍女だ。
そのマーシーにイルヴァが尋ねるのは、今日でもう四度目のことだった。せっかちなイルヴァは早く答えを知りたいらしいが、その答えを持っている人物は西へ遠征してしまって不在だ。そんなことは百も承知だろうに、イルヴァは落ち着きを失っていた。
「昨夜は初夜だったのよ!? それなのに……それなのにランナル様ったら!」
「閨事がなかったのですね」
「そうよ! どういうことなの!? 初夜は一度しかないのに!」
マーシーが用意してくれたホットティーを飲みながら、イルヴァはリビングルームの窓の外に視線を向けた。