せっかち姫とじっくり武人
「ドナート様はなんで隊長に末姫を嫁がせることにしたんですかね」
「さあな。大方、宗家と武家の結び付きを強めるためじゃないか」
「詳細は聞いてないんですか? ドナート様はほら、隊長の義理のお父上になったわけじゃないですか。どういうお考えなのか、訊いてみてもいいんじゃないっすか」
「必要ない」

 焚火の中に細い枯れ枝を二、三本放り投げて、ランナルは言いきった。
 グントバハロンの公家や武家に生まれた者というのは、男女を問わずその多くが政略結婚をするものだ。ランナルの場合は兄がしっかりと良縁をつかんで結婚したので、ランナル自身の結婚は特になんの制限もかけられてはいなかったが、姻戚を増やして一族で結束することは、公家や武家だけでなく、大きな商家でも当たり前に行う。特別な歴史も名もない平民なら、好いた相手と結ばれるのが普通だが、宗家ともなると、自由恋愛の末の結婚などあるはずがない。

 宗家の末姫ならば、本人の意思など関係のない婚姻がさだめであろう。しかし、いくら宗家に生まれた子女のさだめとはいえ、イルヴァにはもっと年の近い、自分よりも彼女にふさわしい相手がいたのではないだろうかと、ランナルは親心に近い気持ちで思う。こんな十三も年の離れた、武芸以外にろくに取り柄もないのんびり屋の自分との結婚は、どちらかといえば不幸ではないだろうか。

「俺は先に仮眠をとる。交代の時間になったら起こせよ」
「うっす」

 ネロに声をかけたランナルは、なるべく足音を立てないように静かに天幕へ向かい、頭の隅でほんの少しの意識を保ったまま短い睡眠をとることにする。
 原住部族も寝ているのか、生物の気配を怖いほどに感じない夜が静かに更けていった。


   ◆◇◆◇◆


「おかえりなさいませ、でしょ……それから、えっと……えっと……」

 結婚式から三週間と少しが経過し、ランナルが帰宅する日になった。陸上戦隊からの事前の連絡によれば、ランナルの任務は問題なく完了し、予定どおりに帰還できるという。
 イルヴァはランナルを出迎えるにあたって不備がないように、朝からそわそわとしていた。掃除は行き届いているか、ランナルの帰宅に合わせてすぐに夕飯が出せるようになっているか、湯浴みの用意はできているか、彼が「帰ってきたい」と思える家になっているか。女主人として自分にできることはないかと、あれこれと考えながらせわしなく屋敷内を歩き回っていた。「おかえりなさいませ」という挨拶を口に出す練習も、侍女のマーシーが数えただけですでに三十回は行われている。

(お話を……ランナル様となんでもいいからお話をしたいわ)

 窓の外の太陽は天頂近くで輝いており、夕方過ぎになるというランナルの帰宅にはまだ遠い。
 イルヴァは、彼を出迎えたあとの行動を脳内でシミュレートしながらも、とにかく彼と話をしたいと考えていた。というのも、結婚式当日も含めて、これまでに二人で落ち着いて話せたことが、まだほとんどない。結婚式の翌日も、出立するランナルをただ送り出しただけだったので、夫婦の営みはおろか、実はまともな会話もまだできていないのだ。

(でも……何を話せばいいのかしら)

 十歳の頃からずっと恋い焦がれていた相手。せっかちな自分とは違ってじっくりと物事に取り組み、武人にしては理知的で落ち着いていて、しかし見事な剣技を見せるランナル。素敵だと思うところを挙げればきりがないが、その恋い焦がれた相手と夫婦になれたいま、彼とどんな言葉を交わせばよいのだろうか。

(それに今夜こそ……そうよ、今夜こそいよいよ……!)

 結婚式の日の夜には行われなかった、夫婦の営み。それがついに、今夜行われるはずだ。初めての行為に向けて、しっかりと湯浴みをして体をきれいにしておかなければ。
 そう思い立ったイルヴァはマーシーを呼びつけて湯浴みの用意をさせようとしたが、「イルヴァ様、さすがに湯浴みにはまだ早すぎます。せっかちもほどほどにして、落ち着いてくださいませ」とたしなめられてしまった。

 気が急くイルヴァにはうんと長く感じられたが、太陽はいつもと同じ速度で西へ傾いていく。そして、一台の馬車が屋敷の前に止まった。陸軍本部からランナルを乗せてきた馬車だ。降りてきたランナルは寝不足気味なのか、目の下に隈を作っていたが、使用人たちに荷物を預けると、背筋を伸ばして屋敷の中に入った。

「おっ、おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」

 玄関ホールには、イルヴァをはじめ集まれる使用人たちが集まっていた。三週間ぶりに帰宅した主人を出迎えた使用人たちは、イルヴァとマーシーを残してすぐさま持ち場に戻っていく。

「あ、あのっ……ランナル様っ」
「はい」

 イルヴァは自分よりも頭一つ分背の高いランナルを見上げて、何度も瞬きをした。そんなイルヴァをランナルはやや不審に思ったが、何か言いたげな新妻の言葉をじっと待った。

「あのっ……好きですっ!」
「え?」
「えっ、あっ……」

 ランナルは口を半開きにして、間の抜けた顔になった。一方でイルヴァは、告げる予定など一切なかったはずの自身の言葉に動揺して、半歩後ろにいたマーシーに真っ赤になった困惑顔を向けた。
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