せっかち姫とじっくり武人
静かな夜を乱さないように、ランナルはささやき声で問いかけた。
イルヴァがこくりと頷くと、ランナルはイルヴァの顎に手を添えて、少しだけ上向きにさせる。そして、彼女の唇にそっと自分の唇をふれさせた。
「き……緊張しますっ」
ふれ合うだけの優しいキスが終わると、イルヴァは呟いた。
「でも、ランナル様にすべてお任せすればよいのですよね」
「ん……?」
「旦那様を信じて任せればよいと、そう教わりました」
照れくさそうにはにかむイルヴァの台詞に、ランナルの中で何かが進軍停止を訴えた。喩えるなら、偵察に向かわせた兵士が、「この先むやみに進むと大被害の恐れあり!」と言って、必死の形相で首を横に振っているような感覚だ。
「あの……念のために確認しますが、性教育はどれくらい受けましたか」
「どれくらい? 幼い頃にお姉様たちと一緒に先生のお話を聞いてはいましたが、その時の私にはまだ少し難しくて……そしたら先生が、〝とにかく未来の旦那様を信じて任せればそれでよし〟と、何度もおっしゃいましたわ」
「何度も……え、それだけ……でしょうか」
肯定してほしくない気持ちでランナルは再度尋ねた。しかしランナルの願いもむなしく、イルヴァはにこにこと無邪気に頷いた。
「はい。それだけ知っていれば完璧だと、太鼓判を捺されましたわ」
(そんな太鼓判は捺さないでくれよ、家庭教師……!)
宗家や公家の子供たちは、ある程度の年齢になると各自の家に招かれた専属の家庭教師から様々な知識を授けられる。それは基本的な読み書き、計算に始まり、歴史や地理、政治、経済、動植物や天候についてなど、多岐にわたる。性教育、閨教育もそうした学びの一環として行われるはずだが、おそらくイルヴァは末姫だったために、上の兄姉ほど真剣に教育が施されなかったのかもしれない。
(下の子の子育てほど、段々と雑になっていくことは珍しくないが……)
国の頂点に存在するグントバハロン宗家ともあろう家が、いくら末っ子とはいえ性教育をおろそかにしないでくれよと、ランナルはがっくりと肩を落とした。
しかし、無責任な大人たちの過去を責めてもなんの意味もない。ランナルはイルヴァとの閨のために、慎重に確認作業を進めた。
「イルヴァ、夫婦が何をすれば子供ができるのか、知っていますか」
「寝台で仲睦まじくするのですよね?」
「その仲睦まじくの中身……と言いますか……もっと具体的には……」
「具体的な中身……ですか? いまランナル様がしてくださったような、優しいキスではないのですか。あ、あのっ、結婚式の時もしてくださいましたが、今のが私、人生で二回目のキスで……緊張しましたが、とても嬉しくて幸せでした!」
ああ、かわいい。まだ子供っぽさが少し残るが、経験の少なさゆえにふれるだけのキスを至上の宝物のように喜ぶイルヴァを、ランナルは心の底から愛おしいと思えた。
(さて……どうしたものか)
にこにことほほ笑む、閨事に無知な新妻を前にして、ランナルはしばし悩んだ。
まさか今から宗家に連絡して、妻にきちんとした性教育をしてくれ、などと言えるはずがない。では、この屋敷に家庭教師を呼んで今から彼女に性教育を――すなわち、性行為とはどういうもので、具体的にどうするのかを教えるべきだろうか。しかし、それでは彼女の「妻」としての立場を傷付けることになるかもしれない。彼女なりに懸命に、この屋敷の「女主人」たらんとしているようだし、そんな彼女に今さら教育を施すのは、彼女の矜持を傷付けてしまうだろう。
ならば、とれる方法は一つだ。そしてそれはどうしてなかなか、ランナル自身をひどく興奮させた。
「イルヴァ、包み隠さず申し上げますね。あなたが受けた性教育は、かなり不足しています」
「えっ、そ、そうなのですか!?」
「はい、残念ながら」
「どうしましょう……私、ランナル様の妻として不適格ということでしょうか」
ランナルの指摘を素直に受け止めたイルヴァは、しゅんとうなだれた。
「いいえ、そうではありません。ただ足りていないので、俺が教えます」
「え?」
「あなたは俺の妻だ。夫である俺が、あなたに閨事を教えればいいんです」
武家の男子たるもの、子孫繁栄のためには武芸だけでなく色事も習得すべし。そんな価値観が標準なので、ランナルは恋人がいたことはないが、娼婦相手にそれなりに経験は積んでいた。特にこれといって異色の性的嗜好を持っているわけではないが、性知識が乏しい生娘の若妻を淫らに開発していけると思ったら、これまでに一度も覚えたことがない妙な昂りを覚えた。
「俺が全部、じっくり教えます。焦らずゆっくりと、性的なことを習得してください」
丁寧で落ち着いた口調だったが、ランナルの頭の中では、何をどうやって教えていこうか、嬉々として計画が練られ始めていた。垂れ目が心なしか、凜々しくつり上がっているように見える。
「わかりました。やはり、夫であるランナル様にすべてお任せすればいいんですね。ランナル様、頼もしくて素敵です。大好きです」
せっかちなイルヴァは、熱くなった気持ちそのままに愛をささやいた。
しかしこの日から始まった、ランナルの言葉どおりのじっくりとした性教育に、イルヴァは日々戸惑うばかりだった。
◆◇◆◇◆
イルヴァがこくりと頷くと、ランナルはイルヴァの顎に手を添えて、少しだけ上向きにさせる。そして、彼女の唇にそっと自分の唇をふれさせた。
「き……緊張しますっ」
ふれ合うだけの優しいキスが終わると、イルヴァは呟いた。
「でも、ランナル様にすべてお任せすればよいのですよね」
「ん……?」
「旦那様を信じて任せればよいと、そう教わりました」
照れくさそうにはにかむイルヴァの台詞に、ランナルの中で何かが進軍停止を訴えた。喩えるなら、偵察に向かわせた兵士が、「この先むやみに進むと大被害の恐れあり!」と言って、必死の形相で首を横に振っているような感覚だ。
「あの……念のために確認しますが、性教育はどれくらい受けましたか」
「どれくらい? 幼い頃にお姉様たちと一緒に先生のお話を聞いてはいましたが、その時の私にはまだ少し難しくて……そしたら先生が、〝とにかく未来の旦那様を信じて任せればそれでよし〟と、何度もおっしゃいましたわ」
「何度も……え、それだけ……でしょうか」
肯定してほしくない気持ちでランナルは再度尋ねた。しかしランナルの願いもむなしく、イルヴァはにこにこと無邪気に頷いた。
「はい。それだけ知っていれば完璧だと、太鼓判を捺されましたわ」
(そんな太鼓判は捺さないでくれよ、家庭教師……!)
宗家や公家の子供たちは、ある程度の年齢になると各自の家に招かれた専属の家庭教師から様々な知識を授けられる。それは基本的な読み書き、計算に始まり、歴史や地理、政治、経済、動植物や天候についてなど、多岐にわたる。性教育、閨教育もそうした学びの一環として行われるはずだが、おそらくイルヴァは末姫だったために、上の兄姉ほど真剣に教育が施されなかったのかもしれない。
(下の子の子育てほど、段々と雑になっていくことは珍しくないが……)
国の頂点に存在するグントバハロン宗家ともあろう家が、いくら末っ子とはいえ性教育をおろそかにしないでくれよと、ランナルはがっくりと肩を落とした。
しかし、無責任な大人たちの過去を責めてもなんの意味もない。ランナルはイルヴァとの閨のために、慎重に確認作業を進めた。
「イルヴァ、夫婦が何をすれば子供ができるのか、知っていますか」
「寝台で仲睦まじくするのですよね?」
「その仲睦まじくの中身……と言いますか……もっと具体的には……」
「具体的な中身……ですか? いまランナル様がしてくださったような、優しいキスではないのですか。あ、あのっ、結婚式の時もしてくださいましたが、今のが私、人生で二回目のキスで……緊張しましたが、とても嬉しくて幸せでした!」
ああ、かわいい。まだ子供っぽさが少し残るが、経験の少なさゆえにふれるだけのキスを至上の宝物のように喜ぶイルヴァを、ランナルは心の底から愛おしいと思えた。
(さて……どうしたものか)
にこにことほほ笑む、閨事に無知な新妻を前にして、ランナルはしばし悩んだ。
まさか今から宗家に連絡して、妻にきちんとした性教育をしてくれ、などと言えるはずがない。では、この屋敷に家庭教師を呼んで今から彼女に性教育を――すなわち、性行為とはどういうもので、具体的にどうするのかを教えるべきだろうか。しかし、それでは彼女の「妻」としての立場を傷付けることになるかもしれない。彼女なりに懸命に、この屋敷の「女主人」たらんとしているようだし、そんな彼女に今さら教育を施すのは、彼女の矜持を傷付けてしまうだろう。
ならば、とれる方法は一つだ。そしてそれはどうしてなかなか、ランナル自身をひどく興奮させた。
「イルヴァ、包み隠さず申し上げますね。あなたが受けた性教育は、かなり不足しています」
「えっ、そ、そうなのですか!?」
「はい、残念ながら」
「どうしましょう……私、ランナル様の妻として不適格ということでしょうか」
ランナルの指摘を素直に受け止めたイルヴァは、しゅんとうなだれた。
「いいえ、そうではありません。ただ足りていないので、俺が教えます」
「え?」
「あなたは俺の妻だ。夫である俺が、あなたに閨事を教えればいいんです」
武家の男子たるもの、子孫繁栄のためには武芸だけでなく色事も習得すべし。そんな価値観が標準なので、ランナルは恋人がいたことはないが、娼婦相手にそれなりに経験は積んでいた。特にこれといって異色の性的嗜好を持っているわけではないが、性知識が乏しい生娘の若妻を淫らに開発していけると思ったら、これまでに一度も覚えたことがない妙な昂りを覚えた。
「俺が全部、じっくり教えます。焦らずゆっくりと、性的なことを習得してください」
丁寧で落ち着いた口調だったが、ランナルの頭の中では、何をどうやって教えていこうか、嬉々として計画が練られ始めていた。垂れ目が心なしか、凜々しくつり上がっているように見える。
「わかりました。やはり、夫であるランナル様にすべてお任せすればいいんですね。ランナル様、頼もしくて素敵です。大好きです」
せっかちなイルヴァは、熱くなった気持ちそのままに愛をささやいた。
しかしこの日から始まった、ランナルの言葉どおりのじっくりとした性教育に、イルヴァは日々戸惑うばかりだった。
◆◇◆◇◆