せっかち姫とじっくり武人
 とはいえランナルは、結婚式の夜すぐに、十三も年下の生娘を抱く気持ちにはなれなかった。次の日から任務で遠征するという事情もあったが、ただただ早急に抱いては、互いの感情を無視した政略結婚であると、自ら認めることになってしまう。それではどこか寂しいと、ランナルはそう思った。裏を返せば、国主によって決められた結婚とはいえ、自分なりにイルヴァとは、仲睦まじい夫婦になりたいと思ったのだ。

(さすがに……今夜は抱くべきだろうな)

 しかし、年齢の差はあれども結婚したのだ。名実ともに夫婦になるためには、やはり契りを交わさねばなるまい。宗家の姫なので性教育を受けていて知識はあるだろうが、処女であるからうんと気遣って抱いてやらねば。

(だがその前に……)

 部下のネロから「国主に今回の結婚の考えを訊いてはどうか」と尋ねられた際、ランナルは「必要ない」と一蹴した。しかし、それは誤りだった。国主の思惑と、何より妻となったイルヴァの気持ちはしっかりと聞いて理解しておかねばならない。この結婚は、宗家と武家のつながりを強めるための単なる政略結婚ではないのかと。もしかして、最初からイルヴァも望んでくれた結婚なのかと。
 じっくりと考えて心の中を整理したランナルは、ようやくドアノブを回して寝室に足を踏み入れた。

「っ……」

 やや薄暗い室内で、誰かが息を呑んだ音がする。ほかに人がいるはずもないので、間違いなく妻のイルヴァだろう。先に寝てしまったかもしれないという可能性を少し考えていたが、夫が床に就くのをしおらしく待ってくれていたようだ。

「イルヴァ様、お体、冷えてはいませんか」
「え……ええ、大丈夫です」

 ランナルは浴室から羽織ってきたガウンを脱ぐと、室内の椅子の背もたれにそれを掛けて、まっすぐに寝台に向かった。寝台に腰掛けていたイルヴァが、恐る恐るこちらを見上げてくる。ふわっとした薄茶色の髪にくりっとした大きな瞳は、まだあどけなさを感じさせた。
 ランナルはそんな新妻イルヴァの隣に拳一つ分の隙間を空けて、彼女と同じように寝台に腰掛けた。

「自分は、ランナル・ハリーンと申します」
「えっ?」
「きちんと、自ら名乗っていなかったなと思いまして」
「あっ、ああ、そういう……えっと、わ、私はイルヴァ・グントバハロンですわ。あっ、でもランナル様と結婚しましたから、イルヴァ・ハリーンですわね」

 とんちんかんなことを言い出したと思われたようだが、イルヴァはすぐにくすりとほほ笑んで、ランナルと同じように名乗った。やや早口なところは彼女のせっかちな性格が出ているようで、ランナルはそんなところが愛らしいなと思った。

「イルヴァ様、単刀直入に訊いてしまうのですが、この結婚はイルヴァ様の感情を無視した政略結婚……ではないのでしょうか」

 何か雑談をしてから、とも思ったが、ランナルは核心をまっすぐに突いた。すると、イルヴァはこぼれ落ちそうなほどに目を見開いて驚き、しかしすぐに首を大きく上下に振った。

「え、ええっ……あの、私、子供の頃に剣舞会でランナル様をお見かけしてからずっと、ランナル様をお慕いしておりまして……それで、その……」

 イルヴァは少し俯いて沈黙したあと、申し訳なさそうな表情でランナルを見つめた。

「成人してすぐ、お父様にお願いしたのです。ランナル様の妻になりたいと……ですから、私の感情は無視されるどころか、大いに反映されています。逆に、ランナル様の意思や感情をまったく考慮していない婚姻だと思います……ごめんなさい」
「そうですか。やはり、きちんと話をするのは大事ですね」

 イルヴァは気の毒などではなかった。こんな自分をどうして好いてくれたのかは謎だが、この結婚は彼女にとって不幸などではなかったのだ。
 そのことを知れて安堵したランナルは、背筋を伸ばして深呼吸をした。そして、自分の肩の荷が下りたように、次は彼女の肩の荷を下ろしてやるべきだと思い、シーツの上でぎゅっと握られている彼女の拳にふわりと手のひらを重ねた。

「自分は、生涯独身かもしれないと思っていました。ですから、君主の決めた結婚ではありましたが、とてもありがたく思いました」
「ほっ……本当ですか!?」

 イルヴァはやや前のめりになった。

「ええ、本当です。こんな自分のどこを好いてくださったのか、いたく不思議ではありますが……あなたを妻にできてよかったですよ。だから、あなたが謝る必要はありません」
「よかった……よかったです……っ!」

 せっかち姫という愛称どおりの、はやる気持ちがあったのだろう。帰宅した夫を出迎えて突然「好きです」と告白してきたかと思えば、そのことで気まずくなってしまったのか、黙って食事をする。不安そうにしているのに、こちらのことを慮っていて、そしてひとたび安心すれば、ふにゃりと笑う。
 感情がとてもわかりやすく表情に出るイルヴァを、ランナルはかわいらしいと思った。

「あの、ランナル様」
「はい」
「私のことは、どうぞイルヴァと呼んでください。私はもう、宗家の姫ではなく、ハリーン家に嫁いだ身……あなたの妻なのですから」
「そうか……そうですね」

 ランナルはもう片方の手のひらをゆっくりとイルヴァの頬に持っていく。そして、湯浴みを終えてすっかりすべすべに整えられた瑞々しい頬の感触を手のひらで味わった。

「イルヴァ、抱いてもいいですか」
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