Fahrenheit Ⅳ

去年は離婚裁判でそれどころじゃなかったし、心に余裕がなかった。


いっそ余裕がない方が良かったのかもしれない。


けれど現実はそうじゃない。あたしは暇を持て余している。心音はクリスマスを終えると早々にNYに帰っていってしまったし。


「そうだ……葵さんに現状報告しなきゃ……」


ダンスの練習に気を取られて、クリスマスイブ以来連絡を取っていない。緑川さんと二村さんが距離を置いたこと、話しておいた方がいいかも。


思い立って葵さんに電話をすると相手はすぐに電話に出た。


しかしその声はだいぶかすんでいて声を発するたびに咳き込んでいる。


『実は風邪ひいちゃってさ~』と葵さんはこんな時でも明るく言う。


「風邪?薬はあるのですか?病院は?熱は?」


『病院は行ってない。熱は38℃ぐらい。保険証持ってないし』


保険証を持ってないって、どういう生活してるのよ。若干あたしの方が頭が痛くなってきた。思わず額に手を当てる。


でも電話の声は無理に元気を装っていそうだけどかなり辛そう。クリスマスイブにあたしが振り回したから、もしかしたらあたしのせいかもしれない。


「とりあえず、薬持っていきます。詳しい住所を教えてください」と言うと


『え!?来てくれるの!?』と驚いた声が聞こえてきた。


こんな苦しそうな声で電話に出られたら放っておけない。


あたしはドラッグストアで風邪薬と熱を冷ますシートとスポーツドリンク、栄養剤を買って、次いでコンビニでアイスやゼリー、レトルトののおかゆなどを買って葵さんの言うアパートまで車を走らせた。


アパートの近くのコインパーキングに車を停め、葵さんの言う住所に辿り着いたら唖然とした。


築40年以上は経っていそうなボロアパート。鉄製の階段は所々錆びていて昇るのには一苦労しそうだったが、幸いにも葵さんの家は一階。一番奥の部屋が葵さんの住んでる部屋らしく外にかなり古そうな小さな洗濯機が置いてある。それも汚れていてあまり清潔そうではなかった。
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