Fahrenheit Ⅳ

ドラマの中でしか見たことのないようなお粗末なインターホンボタンを押して


「葵さん、私です。柏木です」と周りの住人の目を気にしてか控えめに言ってノックすると中からマスクをした葵さんがのろりと顔を出した。


「瑠華ちゃん、ホントに来てくれたんだ」と葵さんは笑ったがその顔色は悪く、明らかに熱があるであろうだろう行動もふらついていた。


中に入ると、六畳一間の畳み敷の部屋とこれまたかろうじて簡単な料理ができるだけのお粗末なキッチンだけついていて啓や麻野さんの部屋と雲泥の差があった。


カビと埃の臭いも鼻につく。そう言えば事後物件とか前に言っていたけれど、あたしには霊感はない。前に数回見た例の赤ん坊の手も見えない。事故物件と言っていたからもっと薄暗くどんよりとしているかと思ったが、空気は乾燥していて換気の為少し窓を開けると冬の空の澄んだ空気の中星空が輝いて見えた。


葵さんは慣れているのか、或いは慣れてしまったのかそれほど気にした様子でなく、六畳の部屋に敷いた布団から抜け出してきた様子。掛け布団がめくりあがり枕は歪んでいた。その手前に小さな折り畳み式のテーブルが置いてあってあたしは買ってきたものをそのテーブルに置いた。


「食欲はどうですか?ゼリーなどなら食べられますか?食べられたらその後薬でも」と言っている間、葵さんはあたしが買ってきたビニール袋の中を覗き込み、


「こんなに買ってきてくれたの?ありがと~」と笑った。


こんなときにまで―――笑う必要があるのだろうか。


「無理に明るくする必要はありません。何か食べたいものがあれば」と言うと


「じゃぁおかゆ……ゼリーもうまそうだけど寒いから、体調良くなった食う」と葵さんはよたよたしながら、これまた小さくて古びた冷蔵庫にゼリーやアイスを仕舞い入れている。


食器棚と言うにはあまりにも小さすぎる棚から葵さんは数少ない食器を一つ取り出し、おかゆのパッケージを開けるとそれを入れた。


レンジだけは最近買ったものなのか、棚に置いたそれは少し不釣り合いな程きれいなものだった。


おかゆをレンチンしている間、葵さんはまたも笑った。


「瑠華ちゃん、ありがとね~こんな俺を心配してくれて」


「それはまぁ、あんな声で出られたら誰でも心配になりますよ」


「何かそれ嬉しいな~、一人だとさ色々心細くなっちまって」


「葵さんが?」あたしが目を上げると彼は大きく頷いて「そりゃ俺だって人間だからサ」と言った。


以前、緑川さんに言った言葉がまさかあたしに帰ってくるとは。

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