愛が全てじゃないけれど
 自分の言葉が恥ずかしくなってから、どうして言ってしまったのかと自己嫌悪する。

 そして、しまった! という表情を隠すこともせず、俯く。

「良かった」

 峰濱さんの声にチラリと視線を向けると、彼はやっぱり微笑んでいた。

 バカにするわけではなく、どこか、安心したように。

「食べて? 口に合うといいんだけど」

「……いただきます」

 箸でキャビアを落とさないように慎重にブリニをすくうと、やっぱりキャビアを落とさないように左手を添えながら慎重に口に運ぶ。

 見た目からパンケーキのよう、と表現したブリニはパンケーキそのものの甘くてふわりとした味と食感、そしてクリームチーズだと思ったのはサワークリームらしく、チーズほどの食感はなくさっぱりしている。

 そして、キャビアはほんのりとした磯の香りと思ったよりも強い塩味がした。

 とびっこのような食感を想像していたけれど、いくらの方が似ているかもしれない。

 キャビアの塩味がサワークリームとブリニで柔らかくなって、庶民の表現をすれば甘じょっぱさが絶妙。

 美味しい……っ!

 私の両親も食べたことがないであろう高級品だと思えば、その美味しさも五割増しだ。

 ゆっくりと咀嚼して飲み込み、シャンパンを口に含む。

「美味しいです、すごく」

 嘘も気遣いも誇張もない感想を述べると、峰濱さんが私以上に嬉しそうに笑う。

「良かった。じゃあ、俺のもどうぞ」

 彼は自分の皿を私に差し出す。

「え? いえ――」

「――大きい声じゃ言えないんだけど――」

 と言うと、私の耳元に顔を寄せる。

「――魚卵は苦手なんだ」

 低く穏やかな声は、きっと文字にできないほど汚い言葉でも甘美に聞こえるのだろう。

 私の心拍数の上昇などお構いなしに、ゆっくりと顔が離れていく。

 食事は何もかもが美味しくて、特に目の前で焼いてもらった神戸牛のシャトーブリアンは、お肉とは思えない柔らかさに、驚いた。

 神戸牛のガーリックライスは、私の中のガーリックライスの定義を覆すほどの衝撃で、近所の洋食屋のそれはしばらく食べられないなと思った。

 食事に合わせたお酒も美味しかった。

 最後まで、どこまでがコース内の料理で、どれが追加注文した料理で、会計はいくらになったのかもわからず、私は夢見心地で店を後にした。

 そして、エレベーターを待っている時にようやく気付く。

「あれ? 車……」

 そうだ。

 峰濱さんは車で来たのに、一緒にお酒を飲んだ。

「美空さん、気づくの遅すぎ」

 また、笑われてしまった。

「俺がこのままほろ酔いのきみを部屋に連れ込んだら、どうするの」

「え?」

 ほぼ条件反射で、腰に添えられた彼の手から逃れるように、身体を捩った。

「部屋を、取ったんですか?」

 自分でも驚くほど一瞬で、火照った身体が冷えていく。

 けれど、峰濱さんの次の言葉で、ほうっと力が抜けた。

「取ってあると言ったら?」

 私を試しているのだと、わかった。

 けれどそれはきっと、私が喜んで部屋について行くか、だ。

 そう思ったのは、峰濱さんの私を見る目が、男女の駆け引きをしているような熱っぽいものではなくて、冷静に見極めているように感じたから。

 だから私も、答えた。冷静に。

「がっかりします」
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