愛が全てじゃないけれど
「え?」

 こんな言い方、嫉妬してますって言っているようなものだ。

 そして、嫉妬は醜い。

 彼の車の助手席に乗り、ネクタイに手をかけて微笑んだ美人。

 初めて会った、数回会っただけの男性の秘書。

 たった数分の彼女の全てが、私への敵意に満ちていた。

「ごめんなさい。嫌な言い方を――」

「――彼女は秘書で、それ以上の付き合いも気持ちもないよ」

「ですよね。気にしないで――」

「――でも、本当にそうだろうかと気になった」

「え?」

「さっき、きみのいる前でネクタイを直された時」

 掴まれたままの腕を引かれ、否応なく身体の向きを変えられて、成悟さんと向き合う。

「あんなことをされたのは初めてだったから」

「そう……なんですか?」

「ああ。驚いたよ」

 彼女にネクタイを直された成悟さんがどんな表情(かお)をしていたのか。

 その光景にばかり気を取られて、見ていなかった。

「年齢の近い異性の秘書というだけで関係を邪推する人も多いからね。距離感には気をつけているつもりなんだけど」

 成悟さんがため息をつき、困った表情(かお)で微笑む。

「彼女、ヒナタというんだけど、ヒナタには注意しておく。助手席にももう乗せない」

「でも、急にそんな――」

「――以前は気にしていなかったんだ。男性社員は助手席に乗せるのに女性社員はだめだというのは、それはそれで性差別じゃないかと言われて、まぁいいかと思っていた。誤解されて困るような相手もいなかったし」

 私の腕を優しく掴む成悟さんの手がゆっくりと降下し、手首を撫でる。

「今、は?」

「誤解されたくない」

「秘書なんでしょう?」

「ああ」

「なら、誤解なんて――」

「――きみ以外の女性と関係があるだなんて、思われたくない」

 真っ直ぐに見つめられて、呼吸も忘れてしまう。

「見ず知らずの人にも、思われたくない」

 私は今、どんな表情(かお)をしているのだろう。

「美空さんに、迷ってほしくないんだ」

 薄暗い中でもわかる、真剣そのものの成悟さんの目に、私はどんな風に映っているのだろう。

「重いかな」

「え?」

 彼が気まずそうに唇を結んだ。

「重いなんて、思いません」

 私は正直な気持ちを告げた。

 それを聞いた成悟さんが微笑んでくれて、私の心がじわりと熱をもつ。

「嬉しいです」

 偏見で言えば、成悟さんは二物以上を持っている。

 一般的にイケメンと言われる顔、スタイルも良く、お洒落、高身長だし声もいい。経営者であり持ち物も高級そう。成功者だからといって傲慢でもなく、人の気持ちに敏感な人だと思う。

 それに、たった一度会っただけの私への言葉を気にして謝ってくれた。

 好感しか持てる気がしない彼が、なぜ私を気に入ってくれているのかはわからないが、疑う気にもなれない。

 簡単に言うと、とても誠実なのだと思う。

『とりあえず付き合おう』みたいなノリじゃなく、ちゃんとお互いを知ってからスタートラインに立とうとしてくれている。

 そして、私も彼のその気持ちを嬉しいとも、応えたいとも思っている。

「ひとつ、聞いてもいいですか?」

「うん」

「ヒナタさん……て、名字ですか?」

「え? あ! うん、そう。日向ぼっこの日向。下の名前は真海《まうみ》」

「名字も名前も可愛いですね」

「そう……かな? 俺は美空って響きの方が綺麗だと思うけど」

「ありがとうございます」

 名字と名前の印象が違い過ぎて、私は自分の名前があまり好きではない。

 両親曰く、敢えてそうしたらしい。

 でも、こうして、成悟さんの声で呼ばれる自分の名前は、まるで自分の物ではないように美しく聞こえる。

 それはきっと、誤魔化しようもなく、私が彼を好きだということなのだろう。
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