好きでいっぱい

第1話 雨上がりの朝

六月の雨が明けた翌朝は、少し眩しいくらいに晴れていた。

窓を開けると、昨夜の雨の名残がまだ街に残っている。
濡れたアスファルトが光を反射して、きらきらと揺れていた。

「……今日、会うんだ」

小さく呟く。

恋人になった。
その事実を思い出すたび、胸が温かくなる。
でも同時に、少しだけ怖くもなる。

嬉しいのに、怖い。
幸せなのに、戸惑う。

そんな気持ちを抱えたまま、私は図書館へ向かった。

◇

仕事を終えて外へ出ると、夕方の空は柔らかい色をしていた。
雨は降っていない。
それなのに私は、鞄の中の折りたたみ傘をそっと確かめてしまう。

「……念のため」

自分でも笑ってしまう。

駅前の通りを歩く。
カフェ・ルーチェの看板が見えてくる。
胸が少しだけ高鳴る。

扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

カウンターの向こうで悠真さんが笑った。
その笑顔を見ただけで、昨日の告白が胸の奥で静かに蘇る。

「来てくれて嬉しいです」

「……来たかったので」

言葉にすると、少し照れくさくなる。

悠真さんは、いつものように窓際の席を指さした。

「座っててください。アイスコーヒー、作りますね」

「はい」

恋人になっても、彼の優しさは変わらない。
むしろ、少しだけ柔らかくなった気がする。

◇

グラスの氷が静かに揺れる。
その音を聞きながら、私は窓の外を眺めた。

雨上がりの街は、どこか新しい世界みたいだった。
昨日までのすれ違いが嘘みたいに、全部洗い流されている気がした。

「雨宮さん」

「はい?」

「今日、少しだけ散歩しませんか?」

心臓が跳ねた。

「散歩……ですか?」

「はい。雨も上がったし、夕方の街って綺麗ですよ」

その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。

恋人になったからこそ、こうして誘ってくれる。
その事実が、嬉しくて、少し怖くて、でもやっぱり嬉しい。

「……行きたいです」

そう答えると、悠真さんは安心したように笑った。

◇

店を出ると、風が少し冷たかった。
でもその冷たさより、隣を歩く温かさの方がずっと強かった。

「雨宮さん」

「はい?」

「手……つないでもいいですか?」

昨日と同じ言葉。
でも昨日より少しだけ照れた声。

私は小さく頷いた。

そっと重ねられた手は、思っていたより温かかった。

歩きながら、胸の奥が静かに満たされていく。

雨上がりの街は、光でいっぱいだった。
そして私の心も、同じくらい“好きでいっぱい”になっていた。


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