好きでいっぱい

第2話 ふたりのページ

カフェ・ルーチェでの散歩を終えた翌日。
私はいつもより少し早く目が覚めた。

昨日の帰り道のことを思い出す。
手をつないだ温かさ。
雨上がりの風。
隣を歩く足音。

胸の奥が、また静かに満たされていく。

「……今日も会えるのかな」

恋人になったのに、まだ自分から連絡する勇気はない。
でも、会いたい気持ちは昨日よりずっと強かった。

◇

仕事を終えて外へ出ると、空は薄い雲に覆われていた。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、今の自分みたいだと思う。

カフェの前まで来ると、扉の向こうからコーヒーの香りが漂ってきた。

「……入ろう」

小さく息を吸って、扉を開ける。

「いらっしゃい」

悠真さんが、昨日と同じ笑顔で迎えてくれた。
その笑顔を見るだけで、胸が少し温かくなる。

「今日も来てくれて嬉しいです」

「……来たくなったので」

言葉にすると照れくさい。
でも嘘じゃなかった。

「ちょうどいいものがあります」

悠真さんはカウンターの下から、一冊のノートを取り出した。

見覚えのある表紙。
二人で書き続けてきたレシピノートだった。

「新しいページ、作りませんか?」

「新しいページ……?」

「恋人になった記念に」

その言葉に、胸が跳ねた。

恋人。
まだ慣れない響き。
でも嫌いじゃない。

「……何を書けばいいんですか?」

「何でもいいですよ。今日のことでも、好きな味でも」

悠真さんは照れたように笑った。

「雨宮さんの字、好きなんです」

心臓がうるさくなる。
そんなことを言われたのは初めてだった。

「じゃあ……少しだけ」

私はペンを受け取った。

ページを開く。
白い紙が、静かに私を待っている。

何を書こう。
迷いながら、ゆっくり文字を置く。

『雨上がりの散歩、とても楽しかったです。
また一緒に歩きたいです。』

書き終えると、胸が少し熱くなった。
こんなふうに素直な言葉を書くのは、初めてかもしれない。

「……見てもいいですか?」

悠真さんがそっと覗き込む。
私は少しだけ頷いた。

読み終えた悠真さんは、静かに笑った。

「嬉しいです」

その声が、昨日より少しだけ近く感じた。

◇

「じゃあ、僕も書きますね」

悠真さんはペンを取り、私の文字の隣にゆっくり書き始めた。

『雨宮さんと歩く帰り道が、一番好きです。
また一緒に歩いてください。』

読み終えた瞬間、胸がぎゅっとなる。

昨日の帰り道の温かさが、また蘇る。

「……はい」

小さく答えると、悠真さんは照れたように笑った。

「これからも、ページ増やしましょうね」

「……はい」

ノートの白いページは、まだたくさん残っている。
その余白が、これからの時間を静かに示しているようだった。

◇

帰り道。
空は曇りのまま。
雨は降らなかった。

でも心の中は、昨日より少しだけ“好きでいっぱい”になっていた。

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