好きでいっぱい

第14話 新しいノート

朝から空は薄い雲に覆われていた。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、胸の奥の気持ちみたいだった。

昨日、レシピノートの最後のページが埋まった。
ふたりの言葉が並んで、一冊が静かに終わった。

「……新しいノート、どうしよう」

小さく呟く。
嬉しい気持ちと、少しだけ緊張する気持ちが混ざっていた。

◇

夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

悠真さんが、昨日より少し柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨宮さん」

「はい」

「新しいノート、選びました」

胸が跳ねた。

「……もう?」

「はい。昨日のうちに」

照れたように笑う。
その笑顔が、昨日より近く感じた。

悠真さんはカウンターの下から、
淡いクリーム色のノートを取り出した。

「これ、どうですか?」

表紙はシンプルで、
角の丸い優しいデザインだった。

「……可愛いです」

「雨宮さんに似合うと思って」

胸がじんわりと温かくなる。

◇

窓際の席に座ると、
新しいノートがそっと置かれた。

「最初のページ、どうします?」

悠真さんが尋ねる。

「……桐生さんから書いてください」

「いいんですか?」

「はい。最初の言葉は……桐生さんがいいです」

悠真さんは少し驚いたように、
それから静かに笑った。

「じゃあ、書きますね」

ペンを取り、
ゆっくりと言葉を綴り始めた。

雨が降っていないのに、
胸の奥だけが静かに濡れていくような感覚だった。

◇

閉店後。
軽ワゴンの中で、ふたり並んで座る。

「書けました」

悠真さんがノートを差し出す。
私はゆっくりページを開いた。

◆レシピノート(新しい一冊・1ページ目)

桐生悠真
『新しいノートを雨宮さんと一緒に開けることが嬉しいです。
これからも、ゆっくり進んでいきたいです。
雨の日も、晴れの日も、
雨宮さんと過ごす時間を大切にしたいです。
このノートにも、ふたりの時間を積み重ねていきましょう。』


胸がぎゅっとなる。
昨日の最後のページとは違う、
“始まりの温度”がそこにあった。

「……書きます」

私はペンを持ち、
ゆっくり言葉を綴った。

雨宮陽菜
『新しいノートを桐生さんと開けることが嬉しいです。
ゆっくり進むことが、もう怖くなくなってきました。
桐生さんとなら、
雨の日も晴れの日も、
全部大切な時間になる気がします。
これからも、隣で書いていきたいです。』



ページが埋まった瞬間、
ふたりの言葉が並んで、
新しい一冊が静かに始まった。

◇

隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「雨宮さん」

「はい」

「新しいノート……これからも一緒に書きましょうね」

「……はい」

昨日より少しだけ深い「また明日」。
その言葉が、曖昧な夜を優しく照らしていた。


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