好きでいっぱい

第16話 ふたりで作る日

朝から雨が降っていた。
窓を叩く雨音は、昨日より少し強くて、
世界をゆっくり濡らしていく。

「……今日、作る日だ」

昨日、ノートに書いたレシピ。
“雨の日に一緒に作りましょう”
その約束が、今日になった。

胸の奥が静かに跳ねる。

◇

夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
雨の匂いとコーヒーの香りが混ざり合っていた。

「いらっしゃい」

悠真さんが、雨の日特有の柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨宮さん、今日……どうします?」

「……作りたいです」

「じゃあ、閉店したら行きましょう」

胸がじんわり温かくなる。

◇

閉店後。
雨はまだ降っていた。

軽ワゴンの中で、ふたり並んで座る。

「雨宮さんの部屋で作ります?
それとも……僕の部屋で?」

胸が跳ねる。
隣同士の部屋。
どちらでもいいはずなのに、
どちらも少し緊張する。

「……桐生さんの部屋で」

「分かりました」

静かに笑うその表情が、
昨日より少し近く感じた。

◇

桐生さんの部屋に入ると、
コーヒーの香りがふわりと広がった。

「じゃあ……始めましょうか」

「はい」

ふたりでキッチンに立つ。
それだけで胸が少し熱くなる。

「玉ねぎ、僕が切りますね」

「じゃあ、じゃがいもは私が」

包丁の音が静かに響く。
雨音と混ざって、
どこか心地よいリズムになる。

「雨宮さん、料理してる姿……好きです」

「え……」

「なんか、落ち着くので」

胸が跳ねる。

「……桐生さんも、料理してる姿好きです」

「本当ですか?」

「はい」

ふたりで笑う。
雨の日なのに、部屋の中は静かに温かかった。

◇

スープが煮える香りが広がる。
牛乳を入れると、
ふわりと優しい匂いになる。

「雨の日みたいに静かな味になりますよ」

「雨宮さんの言葉、好きです」

胸がぎゅっとなる。

「じゃあ……カフェオレも作りますね」

桐生さんがミルクを温める。
深煎りの豆の香りが広がる。

「雨宮さんの好きな味に近づけたくて、
最近少しずつ調整してます」

「……嬉しいです」

「スープと一緒に飲みたかったので」

胸の奥が静かに満たされる。

◇

ふたりでテーブルに座る。
雨音が遠くで響いていた。

「いただきます」

「いただきます」

スープは、雨の日みたいに静かな味だった。
カフェオレは、昨日より少し優しい味だった。

「……美味しいです」

「よかったです」

ふたりで同じものを食べるだけで、
胸の奥が静かに温かくなる。

「雨宮さん」

「はい」

「また作りましょうね」

「……はい」

「雨の日でも、晴れの日でも」

「どっちでもいいです」

桐生さんは静かに笑った。

◇

隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「今日は……ありがとうございました」

「こちらこそ」

昨日より少しだけ甘い沈黙が流れる。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

雨の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。

◇

部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、ふたりの書き込みが並んでいた。



◆レシピノート(新しい一冊・3ページ目)

桐生悠真
『雨宮さんと一緒に作るスープは、
ひとりで作るよりずっと優しい味でした。
また一緒に作りたいです。
雨の日でも晴れの日でも。』

雨宮陽菜
『桐生さんと一緒に作る時間が、
思っていたよりずっと楽しくて、
ずっと温かかったです。
また作りたいです。
ゆっくり、隣で。』



ページがまた一つ増える。
ふたりの時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに恋を進めてくれた。

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