好きでいっぱい

第16話 ふたりで作る日

朝から雨が降っていた。
窓を叩く雨音は、昨日より少し強くて、
世界をゆっくり濡らしていく。

「……今日、作る日だ」

昨日、ノートに書いたレシピ。
“雨の日に一緒に作りましょう”
その約束が、今日になった。

胸の奥が静かに跳ねる。



夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
雨の匂いとコーヒーの香りが混ざり合っていた。

「いらっしゃい」

悠真さんが、雨の日特有の柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨宮さん、今日……どうします?」

「……作りたいです」

「じゃあ、閉店したら行きましょう」

胸がじんわり温かくなる。



閉店後。
雨はまだ降っていた。

軽ワゴンの中で、ふたり並んで座る。

「雨宮さんの部屋で作ります?
それとも……僕の部屋で?」

胸が跳ねる。
隣同士の部屋。
どちらでもいいはずなのに、
どちらも少し緊張する。

「……桐生さんの部屋で」

「分かりました」

静かに笑うその表情が、
昨日より少し近く感じた。



桐生さんの部屋に入ると、
コーヒーの香りがふわりと広がった。

「じゃあ……始めましょうか」

「はい」

ふたりでキッチンに立つ。
それだけで胸が少し熱くなる。

「玉ねぎ、僕が切りますね」

「じゃあ、じゃがいもは私が」

包丁の音が静かに響く。
雨音と混ざって、
どこか心地よいリズムになる。

「雨宮さん、料理してる姿……好きです」

「え……」

「なんか、落ち着くので」

胸が跳ねる。

「……桐生さんも、料理してる姿好きです」

「本当ですか?」

「はい」

ふたりで笑う。
雨の日なのに、部屋の中は静かに温かかった。



スープが煮える香りが広がる。
牛乳を入れると、
ふわりと優しい匂いになる。

「雨の日みたいに静かな味になりますよ」

「雨宮さんの言葉、好きです」

胸がぎゅっとなる。

「じゃあ……カフェオレも作りますね」

桐生さんがミルクを温める。
深煎りの豆の香りが広がる。

「雨宮さんの好きな味に近づけたくて、
最近少しずつ調整してます」

「……嬉しいです」

「スープと一緒に飲みたかったので」

胸の奥が静かに満たされる。



ふたりでテーブルに座る。
雨音が遠くで響いていた。

「いただきます」

「いただきます」

スープは、雨の日みたいに静かな味だった。
カフェオレは、昨日より少し優しい味だった。

「……美味しいです」

「よかったです」

ふたりで同じものを食べるだけで、
胸の奥が静かに温かくなる。

「雨宮さん」

「はい」

「また作りましょうね」

「……はい」

「雨の日でも、晴れの日でも」

「どっちでもいいです」

桐生さんは静かに笑った。



隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「今日は……ありがとうございました」

「こちらこそ」

昨日より少しだけ甘い沈黙が流れる。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

雨の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。



部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、ふたりの書き込みが並んでいた。



◆レシピノート(新しい一冊・3ページ目)

桐生悠真
『雨宮さんと一緒に作るスープは、
ひとりで作るよりずっと優しい味でした。
また一緒に作りたいです。
雨の日でも晴れの日でも。』

雨宮陽菜
『桐生さんと一緒に作る時間が、
思っていたよりずっと楽しくて、
ずっと温かかったです。
また作りたいです。
ゆっくり、隣で。』



ページがまた一つ増える。
ふたりの時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに恋を進めてくれた。

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