好きでいっぱい

第17話 距離が変わる日

朝から曇り空だった。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、胸の奥の気持ちみたいだった。

昨日、桐生さんの部屋で一緒に作ったスープ。
同じキッチンに立って、同じ鍋を覗いて、
同じテーブルで食べた。

その時間が、思っていたよりずっと温かかった。

「……今日も会えるかな」

小さく呟く。
恋人になってから、こうして“会いたい”と思う時間が増えた。

◇

夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

桐生さんが、昨日より少し柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨宮さん、昨日……楽しかったですね」

「はい……すごく」

「また作りましょうね」

その言葉だけで胸が温かくなる。

「今日は……少し話したいことがあって」

胸が跳ねる。

「……はい」

◇

閉店後。
外はぽつり、ぽつりと雨が降り始めていた。

軽ワゴンの中で、ふたり並んで座る。
雨音が静かに響いていた。

「雨宮さん」

「はい」

「昨日、一緒に料理して……思ったことがあって」

胸が少しざわつく。

「雨宮さんといる時間が、
“恋人”っていうより……もっと安心するというか……」

言葉がゆっくり紡がれていく。

「家族みたいだなって、少し思いました」

胸がぎゅっとなる。

「……家族」

「はい。
もちろん、急にそうなりたいとかじゃなくて……
ただ、そう感じたんです」

雨音が少し強くなる。

「雨宮さんといると、
帰ってきたって思えるというか……
落ち着くというか……」

「……桐生さん」

声が震える。

「私も……昨日、桐生さんの部屋で料理して……
なんだかすごく安心して……
“あ、こういうの好きだな”って思いました」

桐生さんは静かに笑った。

「よかったです」

「……はい」

雨音がふたりの沈黙を優しく埋めていく。

◇

アパートの階段を上がる。
隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「雨宮さん」

「はい」

「距離が変わってきた気がします」

胸が跳ねる。

「僕たち、ゆっくりだけど……
ちゃんと前に進んでますよね」

「……はい」

昨日より少しだけ深い「はい」だった。

「じゃあ……また明日」

「……また明日」

雨の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。

◇

部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、桐生さんの書き込みが先にあった。

◆レシピノート(新しい一冊・4ページ目)

桐生悠真
『昨日の料理の時間で、
雨宮さんといる安心感を強く感じました。
恋人としての距離が、
少しずつ家族のような温度に変わっていく気がします。
ゆっくり進めたら嬉しいです。』

雨宮陽菜
『桐生さんの部屋で料理した時間が、
思っていたよりずっと落ち着いていて、
安心できました。
距離が変わっていくことが、
少し怖くて、でも嬉しいです。
ゆっくり進みたいです。』



ページがまた一つ増える。
ふたりの時間が、また一つ増える。

曇り空の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。


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