好きでいっぱい

第17話 距離が変わる日

朝から曇り空だった。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、胸の奥の気持ちみたいだった。

昨日、桐生さんの部屋で一緒に作ったスープ。
同じキッチンに立って、同じ鍋を覗いて、
同じテーブルで食べた。

その時間が、思っていたよりずっと温かかった。

「……今日も会えるかな」

小さく呟く。
恋人になってから、こうして“会いたい”と思う時間が増えた。



夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

桐生さんが、昨日より少し柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨宮さん、昨日……楽しかったですね」

「はい……すごく」

「また作りましょうね」

その言葉だけで胸が温かくなる。

「今日は……少し話したいことがあって」

胸が跳ねる。

「……はい」



閉店後。
外はぽつり、ぽつりと雨が降り始めていた。

軽ワゴンの中で、ふたり並んで座る。
雨音が静かに響いていた。

「雨宮さん」

「はい」

「昨日、一緒に料理して……思ったことがあって」

胸が少しざわつく。

「雨宮さんといる時間が、
“恋人”っていうより……もっと安心するというか……」

言葉がゆっくり紡がれていく。

「家族みたいだなって、少し思いました」

胸がぎゅっとなる。

「……家族」

「はい。
もちろん、急にそうなりたいとかじゃなくて……
ただ、そう感じたんです」

雨音が少し強くなる。

「雨宮さんといると、
帰ってきたって思えるというか……
落ち着くというか……」

「……桐生さん」

声が震える。

「私も……昨日、桐生さんの部屋で料理して……
なんだかすごく安心して……
“あ、こういうの好きだな”って思いました」

桐生さんは静かに笑った。

「よかったです」

「……はい」

雨音がふたりの沈黙を優しく埋めていく。



アパートの階段を上がる。
隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「雨宮さん」

「はい」

「距離が変わってきた気がします」

胸が跳ねる。

「僕たち、ゆっくりだけど……
ちゃんと前に進んでますよね」

「……はい」

昨日より少しだけ深い「はい」だった。

「じゃあ……また明日」

「……また明日」

雨の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。



部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、桐生さんの書き込みが先にあった。

◆レシピノート(新しい一冊・4ページ目)

桐生悠真
『昨日の料理の時間で、
雨宮さんといる安心感を強く感じました。
恋人としての距離が、
少しずつ家族のような温度に変わっていく気がします。
ゆっくり進めたら嬉しいです。』

雨宮陽菜
『桐生さんの部屋で料理した時間が、
思っていたよりずっと落ち着いていて、
安心できました。
距離が変わっていくことが、
少し怖くて、でも嬉しいです。
ゆっくり進みたいです。』



ページがまた一つ増える。
ふたりの時間が、また一つ増える。

曇り空の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。


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