好きでいっぱい

第19話 未来の約束

朝から細い雨が降っていた。
静かで、やわらかくて、
世界をゆっくり濡らしていく雨だった。

「今日は会う約束してなかったけれど……会いたいな」

気づけば、そんな言葉が胸の奥に浮かんでいた。
約束していないのに会いたいなんて、
少し前の自分なら考えもしなかった。

昨日のすれ違いが解けて、
胸の奥が少しだけ軽くなったからかもしれない。

ふたりで過ごす時間が、
雨の日の温かさみたいに恋しくなる。

◇

夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
雨の匂いとコーヒーの香りが混ざり合っていた。

「いらっしゃい」

桐生さんが、昨日より少し柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨宮さん、今日は来てくれると思ってました」

胸が跳ねる。

「……どうしてですか?」

「なんとなくです。
昨日、話せて……距離がまた少し近くなった気がしたので」

その言葉だけで胸が温かくなる。

「今日、少しだけ……未来の話をしたいんですけど」

未来。
その言葉が、雨音より静かに胸に届いた。

「……はい」

◇

閉店後。
雨は弱くなっていた。

軽ワゴンの中で、ふたり並んで座る。
雨音が遠くで響いていた。

「雨宮さん」

「はい」

「最近、ふたりで過ごす時間が……
“このまま続いていったらいいな”って思うことがあって」

胸がぎゅっとなる。

「……私もです」

桐生さんは少し照れたように笑った。

「いつか……なんですけど」

胸がまた跳ねる。

「一緒に住むことを、
少しだけ具体的に考えてみてもいいですか?」

言葉が出てこなかった。
でも、胸の奥は静かに満たされていく。

「もちろん、すぐじゃなくていいです。
来月とかじゃなくて……
もっと先でもいいです」

「……はい」

「ただ、
“ふたりで同じキッチンに立つ未来”とか、
“同じテーブルでご飯を食べる未来”とか……
そういうのを少しだけ想像してしまって」

雨音が静かに響く。

「雨宮さんとなら、
ゆっくり進める気がするんです」

胸が熱くなる。

「……桐生さん」

声が震える。

「私も……
昨日、桐生さんの部屋で料理して……
すごく落ち着いて……
“こういうの好きだな”って思いました」

桐生さんは静かに頷いた。

「よかったです」

「……はい」

「じゃあ……
ゆっくりでいいので、
少しずつ未来の話をしていきましょう」

「……はい」

その言葉は、雨音より静かに、でも確かに胸に届いた。

◇

隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「雨宮さん」

「はい」

「未来の話、
ゆっくり一緒に考えていきましょうね」

「……はい」

昨日より少しだけ深い「また明日」。
その言葉が、雨の夜を優しく照らしていた。

◇

部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、桐生さんの書き込みが先にあった。



◆レシピノート(新しい一冊・6ページ目)

桐生悠真
『雨宮さんと過ごす時間が、
少しずつ未来を想像させてくれます。
急がなくていいので、
ゆっくり一緒に考えていきたいです。
同じキッチンに立つ日を、
いつか迎えられたら嬉しいです。』

雨宮陽菜
『未来の話をするのは少し怖いけれど、
桐生さんとならゆっくり進める気がします。
同じキッチンに立つ未来を、
少しだけ想像してしまいました。
ゆっくり、隣で進みたいです。』



ページがまた一つ増える。
ふたりの時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに恋を進めてくれた。


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