あなたを手放す予定は、私の計画にありません――冷徹な首切りコンサルに、規定外の溺愛をされています
「夕食は」
「帰ってから。……たぶんコンビニです」
「そうですか」
篠宮は前を向いたまま、少し間を置いた。
「土曜、店を予約します。空いていますか」
「……空いてます」
仕事の予定を聞く声と同じ平坦さで、初めての誘いが済んでしまった。
あとから、じわじわ来た。
マフラーに口元を埋めて、緩んだ分を全部隠した。
改札の手前で、篠宮が立ち止まる。
「では、また明日、──このみさん」
一瞬、何を呼ばれたのか分からなかった。
音としては、聞こえていた。
この、み、さん。
三つの音が耳から入って、意味になるまでに、半拍あった。
名字を呼ぶ声と、同じ声のはずだった。
同じ声のはずなのに、届く深さが違った。
意味になった瞬間、顔の温度が上がった。
耳まで、たぶん一秒で。
──宛先が、名前になった。
「……お、おやすみなさい、篠宮さん」
湊さん、と言おうとして、口が動かなかった。
名字のまま改札を通って、ホームの階段の途中で、一度だけ振り返った。
篠宮はまだ、改札の外に立っていた。
電車の窓に映る自分の口が、みなとさん、と動くのを、二回だけ練習した。