あなたを手放す予定は、私の計画にありません――冷徹な首切りコンサルに、規定外の溺愛をされています
──また、制度のせいにした。
自分でも嫌になるくらい、いつも通りの声が出た。
カウンターの向こうで、製造二課の宮下主任がまだ何か言いたそうに口を開けて、あきらめたように閉じる。
「……そうだよな。倉橋さんに聞いたって、しょうがないよな」
しょうがない、の言い方が優しかった。
この仕事を三年やってきて、怒鳴られるほうがずっとましだと、何度思っただろうか。
「詳細が決まり次第、必ずご案内します」
宮下主任は頷いて、エレベーターではなく階段のほうへ歩いていった。
四階から製造棟へは、階段のほうが遠い。
それでも今日は、一人で歩きたいのかもしれない。
今朝、全社向けの社内ネットワークに一枚のリリースが掲載された。
『当社株式の異動に関するお知らせ』
創業家の春島家が、株をすべて手放すこと。
相手は投資ファンドであること。
経営体制は「当面」変わらないこと。
ハルシマ文具工業、創業七十年。
付箋とノートを作り続けてきた会社の持ち主が、一枚のリリースで変わった。
九時二十分に最初の内線が鳴り、それきり、電話は鳴りやまなかった。
「雇用はどうなるんですか」
「現時点で、決定している事実はありません」
「退職金の規程は」
「変更がある場合は、労使協議を経てご案内します」
「早期退職の募集があるって本当ですか」
「そのような決定はされていません」