君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

第1部 まだ、名前のない日々

彼を知ったきっかけは、本当に些細なものだった。

共通の知り合いがいた。

それだけ。

共通の趣味があって、その繋がりで彼の存在を知った。

プロフィールを開いてみる。

投稿されている写真を何枚か眺める。

真面目そうな人だな、と思った。

法律の勉強をしているらしい。

投稿の雰囲気もどこか落ち着いていて、きちんとしている。

少なくとも、私とは少し違う世界にいる人に見えた。

顔については。

――まあ、好みというわけではないかな。

それが、最初の印象だった。

だから、特別な理由もなく。

「共通の知り合いもいるし、フォローしとこう」

その程度の気持ちで、フォローボタンを押した。

それで終わるはずだった。

少なくとも、そのときはそう思っていた。



しばらくして。

スマートフォンに通知が届いた。

彼からだった。

DM。

一瞬だけ、目を疑った。

「……え、向こうから?」

別に、何か特別なことをしたわけじゃない。

ただフォローしただけ。

それなのに、彼の方から話しかけてきた。

内容は、たいしたものではなかった。

趣味の話。

共通の知り合いの話。

そこから、少しずつ別の話題へ移っていった。

最初は、普通のやり取りだった。

何かを聞かれて答える。

こちらから質問する。

それに彼が答える。

そんな、ごく普通のDM。

けれど。

気づけば、思っていたより会話が続いていた。



一度話し始めると、不思議と話題が尽きなかった。

趣味の話をしていたと思えば、いつの間にか韓国の話になって。

そこから日本の話になって。

大学のこと。

勉強のこと。

法律のこと。

司法試験のこと。

私は詳しくないから、分からないことも多い。

それでも彼が話しているのを聞くのは面白かった。

難しい話をしているかと思えば、急にどうでもいい話になる。

真面目そうな文章の途中に、妙にお茶目な一言が混ざる。

時々、どうしてこんな話になったのか分からないような話までした。

そのたびに、

「この人、意外とこういう人なんだ」

と思う。

最初にプロフィールを見たときの印象とは、少しずつ違っていった。

堅実そう。

真面目そう。

そういう部分は確かにある。

でも、それだけじゃない。

たまに見せるくだらない冗談とか。

変なところで素直なところとか。

彼は、思っていたより話しやすかった。

そして何より。

返信が返ってくる。

一往復で終わると思っていた話が、次の日まで続いている。

またその次の日も続く。

気づけば、朝に送ったメッセージに昼頃返事が来て。

夜になってまた話して。

次の日も、自然と続きを話している。

そんな日が増えていった。



彼は時々、私に日本語について尋ねた。

「これ、日本語でなんて言うの?」

そんなふうに聞かれる。

そのたびに、私は少し嬉しくなった。

普段は私が韓国語を教えてもらう側だ。

だから、彼が私に尋ねてくるのが新鮮だった。

私が答える。

彼が、

「なるほど」

と返す。

たったそれだけ。

けれど、妙に心地よかった。

逆に、私が韓国語で少し変な表現を使ったときには、彼がさらっと直してくれる。

「좋아해」

と送ったときもそうだった。

すぐに返ってきたのは、

「좋아」

だった。

「え、そこ?」

思わず笑う。

文脈からして言いたいことは伝わっている。

それでも、彼はわざわざ直してくれた。

「こういうときはこっち」

たったそれだけ。

嫌ではなかった。

むしろ。

ちゃんと会話してくれている気がした。

私が一方的に韓国語を教えてもらっているわけじゃない。

彼も私に日本語を聞く。

お互いに知らないことを教え合う。

そんな関係が、なんとなく好きだった。

――ただ。

このときもまだ、それ以上の意味は考えていなかった。



ある夜。

会話が途切れたあと、私はしばらく画面を見つめていた。

最後のメッセージ。

何度か読み返す。

そして、ふと笑った。

「……なんでこんなに話してるんだろ」

答えは、簡単だった。

気が合うから。

話していて楽しいから。

それだけ。

そう自分に言い聞かせて、スマートフォンを伏せる。

そのときはまだ。

この何気ないやり取りが。

いつか自分にとって、忘れられない時間になるなんて。

知る由もなかった。

ただのDMだった。

まだ、名前のない感情だった。
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