君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

第2部 いつの間にか、日常に。

ある夜、スマートフォンを閉じようとして。

ふと気づいた。

「……今日も話してたな」

昨日も。

一昨日も。

その前の日も。

ほとんど毎日のように話している。

いつからだっただろう。

彼との会話が、日常の一部になっていた。

朝起きてスマートフォンを見る。

新しい通知がある。

その中に彼の名前があると、少しだけ嬉しい。

大学へ向かう電車の中で返信する。

授業の合間に、また返信が来ている。

夜、ベッドに入ってからもう一度話す。

特別なことをしているわけじゃない。

ただ、毎日話している。

別に、話さなければ困るわけじゃない。

重要な連絡をしているわけでもない。

それなのに、話題は不思議なくらい続いた。



何気ない話の中から、少しずつ彼の日常が見えてくる。

そしてたぶん、彼の方も私について同じくらい知っていた。

何気なく話したことを、後になって彼が覚えていることもあった。

「あれ、この前言ってたやつ?」

そう言われる。

私はそのたびに、

「あ、覚えてたんだ」

と思った。

そして。

ほんの少しだけ、嬉しくなる。

そこで初めて、少しだけ不思議に思った。

こんなに長くDMが続く人って、今までいただろうか。

考えてみる。

あまり、いなかった。

でも、それだけだった。

話が合うから。

気が合うから。

きっとそれだけ。



特別な約束をしたわけでもない。

恋人でもない。

そもそも、まだ一度も会ったことがない。

住んでる国だって違う。

ただ。

毎日のように言葉を交わす人。

それだけ。

私はそう思っていた。

彼のことを「気になる人」だと考えたこともなかった。

ましてや。

好きだなんて。

そんなこと、考える理由すらなかった。

だって。

彼は私の好みとは少し違う。

写真を見ても、特別にかっこいいと思うわけでもない。

タイプか聞かれたら、たぶん違うと答える。

だから、この感情に恋愛的な意味なんてあるはずがない。

そう思っていた。

ただ。

彼からDMが来ると、嬉しい。

話が続くと、楽しい。

今日も話せたな、と思う。

明日も話すのだろうと思う。

それだけ。

本当に、それだけだった。



そういう小さなことが積み重なって。

彼と話すことは特別な予定ではなくなっていた。

毎日の中に最初から組み込まれているもの。

朝ご飯を食べるように。

大学へ行くように。

夜になったら眠るように。

彼と話す。

それくらい自然だった。

だからこそ。

ある日、それが突然途切れたとき。

私は少しだけ戸惑った。



その日は、いつもなら来る時間になってもDMが来なかった。

最初は気にしなかった。

忙しいんだろう。

そう思った。

しばらくしても来ない。

まあ、そんな日もある。

さらに時間が経つ。

まだ来ない。

そこで初めて、自分が何度もスマートフォンを確認していることに気づいた。

「……何してんだ、私」

苦笑する。

別に、連絡が来なくても何も困らない。

彼には彼の生活がある。

勉強だってある。

私だって、やることはいくらでもある。

そう思ってスマートフォンを机に置いた。

けれど。

数分後には、また手に取っていた。

通知はない。

私は画面を閉じる。

また開く。

ない。

「……来ないな」

小さく呟いてから。

ふと、変なことを考えた。

私はいつから。

こんなに彼からの連絡を待つようになったんだろう。



その夜。

何となく、過去のDMを遡った。

最初の頃まで戻ってみる。

初めて彼から送られてきたメッセージ。

そこから続いていく会話。

くだらない話。

真面目な話。

韓国語の間違い。

日本語について聞かれたこと。

以前話した内容を、彼が覚えていたこと。

スクロールする。

またスクロールする。

いつの間にか、かなり上まで戻っていた。

「……こんな話してたんだ」

読み返していると、当時のことまで思い出してくる。

そして。

自分が思っていた以上に、彼との会話が多いことに気づいた。

毎日のように話している。

こんなに長く。

こんなに頻繁に。

それなのに。

私は今まで、それを特別なことだと思っていなかった。



いや。

特別じゃない。

そう思う。

話が合うだけ。

気が合うだけ。

たまたま共通の趣味があるから。

それに、私は彼のことを特別に好みだと思っているわけでもない。

顔だって、別にど真ん中というわけじゃない。

そもそも会ったことないし、住んでる国だって違う。

恋愛対象として考えたことなんてない。

……たぶん。

そこまで考えて。

私は一度、画面を閉じた。

「違う違う」

自分に言い聞かせるように呟く。

「そういうんじゃないって」

誰に言っているのか、自分でも分からない。



次の日。

彼から普通にDMが来た。

何事もなかったようなメッセージ。

私は少しだけ安心してしまった。

そして。

そのことに気づいて、また少しだけ笑った。

「なんだ、来るじゃん」

昨日あれだけ気にしていた自分が、少し可笑しい。

でも。

返信を書きながら、胸の奥が軽くなる。

やっぱり話すと楽しい。

昨日よりずっと自然に言葉が出てくる。

くだらない話をして。

笑って。

また別の話をする。

いつものように。



その日の夜。

ベッドに入ってから、私はぼんやり天井を見ていた。

今日も彼と話した。

それだけ。

でも。

昨日、一日連絡がなかっただけで、あんなに気になった。

そのことだけが、少し引っかかっていた。

「……なんでだろ」

考えてみる。

けれど、答えは出ない。

だから私は、またいつもの結論に戻った。

話していて楽しいから。

仲がいいから。

それだけ。

それ以上の意味なんてない。

少なくとも。

そのときの私は、本気でそう思っていた。



そして、まだ知らなかった。

このあと。

韓国へ行く予定が決まって。

「せっかくだし、会ってみる?」

そんな一言が交わされることも。

初めて目の前で彼の笑顔を見ることも。

写真では分からなかった、あの無邪気な表情に心を奪われることも。

そして。

その全部を経験したあとで。

自分が何を失ったのかを知ることになるなんて。

このときの私は、まだ知らなかった。

ただ。

その夜も私は、眠る前にもう一度DMを開いた。

最後のメッセージを確認して。

小さく笑って。

スマートフォンを伏せる。

いつの間にか。

彼と話すことは、私の日常になっていた。
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