どこかで、誰かの恋がはじまる

第16話 君に贈る、未完成のラブソング

どこかで、誰かの恋がはじまる

駅前の広場、路上ライブの機材を片付けながら、弾き語りシンガーの一颯いぶきは、いつも同じ場所で足を止めてくれる女性のことを思い浮かべていた。名前も知らない。ただ、彼女が立ち止まってくれる十分間だけ、一颯の歌は誰よりも本気になった。
今夜、一颯は新しい曲を用意していた。まだ歌詞の一部が空白のままの、未完成の一曲を。

【verse 1】
駅前の雑踏に 紛れて聞こえた
君の足音だけ なぜか分かった
何度も探してた 名前も知らない
横顔だけ焼き付く 夕暮れの中
【chorus】
歌えばいつか届くと信じて
声を張り上げていた この街の隅で
君がいるから 僕は歌える
まだ言えない言葉を メロディに乗せて
【verse 2】
雨の日も風の日も ここに立ってた
君が来る時間だけ 覚えてしまった
ギター一本だけの 頼りない声で
どうかこの想いよ 届いてほしい
【chorus】
歌えばいつか届くと信じて
声を張り上げていた この街の隅で
君がいるから 僕は歌える
まだ言えない言葉を メロディに乗せて
【bridge】
___________
一颯はそこで、いつも演奏の手を止めていた。ブリッジの部分だけ、歌詞がまだ書けていない。彼女への想いを、どう言葉にすればいいのか、何度書いても納得できなかった。
その夜も、いつもの女性が人混みの中、静かに足を止めた。一颯は深呼吸をして、ブリッジの部分に差しかかった。今日は、ギターを置き、彼女の方をまっすぐに見て、伴奏なしで続きを歌った。
【bridge(即興)】
名前も知らない あなたのことを
今日、初めて ちゃんと呼びたい
「好きです」だなんて 小さな五文字が
一番大きな メロディになる
演奏が終わると、雑踏の中、彼女がゆっくりと拍手を送ってくれた。それから、少し照れたように歩み寄ってくる。
「あの、いつも聞かせてもらってます。今日の曲、途中から急に、本気の歌になった気がして」
「……気づいてくれたんですか」
「はい。それに、その、五文字の意味も、なんとなく」
頬を赤らめる彼女に、一颯は今度こそ、まっすぐに名乗った。
「一颯です。よかったら、名前、聞かせてもらえますか」
「凛りん、です」
「凛さん。……この歌、完成させたいので、これから何度も聞きに来てもらえますか」
「うん。喜んで」
夜の駅前に、まだタイトルのついていない一曲が、静かに、確かな始まりを告げていた。
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