どこかで、誰かの恋がはじまる
第17話 無線の向こうの、君へ
どこかで、誰かの恋がはじまる
* 参考:本文中の主なモールス符号
A=・- D=-・・ E=・ H=・・・・ I=・・ K=-・- R=・-・ S=・・・ T=- U=・・-
深夜二時、雑音混じりの無線機から、規則正しい電子音が響いていた。トン、ツー、トン、トン……和文モールスの符号が、静かな部屋に響いている。
アマチュア無線家の南みなみ航わたるは、その符号を紙に書き取りながら、思わず口元を緩めた。相手は、半年前から交信を続けている、コールサイン「JR2-YUKI」――名前も、顔も、声すら知らない相手だった。無線の世界では、モールス信号だけでやり取りする「和文モールス」の愛好家同士、互いをそう呼び合っていた。
航は電鍵を叩き、先ほどの通信への感謝を伝える返信を送った。
しばらくの沈黙の後、再び電子音が返ってきた。丁寧に書き取ると、「今夜は星が綺麗」という一文になった。
「今夜は星が綺麗、か」
航は窓の外を見上げた。JR2-YUKIのいる場所も、きっと同じ夜空の下にあるはずだった。半年間、毎晩のように交わしてきたこのやり取りが、いつしか航にとって、一日の中で一番大切な時間になっていた。
* * *
ある夜、航は勇気を出して、いつもとは違う内容を打電した。正確な符号表を何度も確認しながら、一文字ずつ、丁寧に鍵を叩く。
・・・(S) ・・-(U) -・-(K) ・・(I)
-・・(D) ・(E) ・・・(S) ・・-(U)
「好き、です」
送信を終えた後、航の心臓は痛いほど早鐘を打っていた。無線の向こうにいる相手が、どんな反応をするのか、想像もつかない。長い沈黙が流れた。一分、二分、三分――
やがて、電子音が返ってきた。今までで一番、ゆっくりとした符号だった。
・・-(U) ・-・(R) ・(E) ・・・(S) ・・・・(H) ・・(I) ・・(I)
-・・(D) ・(E) ・・・(S) ・・-(U)
「うれしい、です」の意味だと、航は震える手で解読した。それから、続けてもう一つの符号が届く。
-・-(K) ・(E) ・・(I) -(T) ・-(A) ・・(I)
「けいたい」――「携帯」の意味だと分かるまで、航は少し時間がかかった。次に届いた符号は、電話番号を表す数字の羅列だった。
「連絡先を、教えてくれるのか……」
航は震える手で、その数字を丁寧に書き写した。無線でしか繋がれなかった二人の距離が、その夜、初めて縮まった瞬間だった。
* * *
一週間後、二人は初めて電話で言葉を交わした。無線越しの符号ではなく、生の声で聞くJR2-YUKIこと、宮沢みやざわ結ゆきの声は、想像していたよりずっと柔らかかった。
「なんか、変な感じですね。声で話すの」
「俺も、同じこと思ってました。……あの、良かったら、今度会いませんか。直接、話したいことがたくさんあって」
「はい。私も、そう思ってました」
電話越しの声が、無線の符号よりもずっとまっすぐに、航の胸に届いた。半年間、点と線だけで紡いできた二人の物語は、これから新しい章へと進もうとしていた。
窓の外、夜空に浮かぶ星々が、二人の新しい始まりを静かに見守っているようだった。
* 参考:本文中の主なモールス符号
A=・- D=-・・ E=・ H=・・・・ I=・・ K=-・- R=・-・ S=・・・ T=- U=・・-
深夜二時、雑音混じりの無線機から、規則正しい電子音が響いていた。トン、ツー、トン、トン……和文モールスの符号が、静かな部屋に響いている。
アマチュア無線家の南みなみ航わたるは、その符号を紙に書き取りながら、思わず口元を緩めた。相手は、半年前から交信を続けている、コールサイン「JR2-YUKI」――名前も、顔も、声すら知らない相手だった。無線の世界では、モールス信号だけでやり取りする「和文モールス」の愛好家同士、互いをそう呼び合っていた。
航は電鍵を叩き、先ほどの通信への感謝を伝える返信を送った。
しばらくの沈黙の後、再び電子音が返ってきた。丁寧に書き取ると、「今夜は星が綺麗」という一文になった。
「今夜は星が綺麗、か」
航は窓の外を見上げた。JR2-YUKIのいる場所も、きっと同じ夜空の下にあるはずだった。半年間、毎晩のように交わしてきたこのやり取りが、いつしか航にとって、一日の中で一番大切な時間になっていた。
* * *
ある夜、航は勇気を出して、いつもとは違う内容を打電した。正確な符号表を何度も確認しながら、一文字ずつ、丁寧に鍵を叩く。
・・・(S) ・・-(U) -・-(K) ・・(I)
-・・(D) ・(E) ・・・(S) ・・-(U)
「好き、です」
送信を終えた後、航の心臓は痛いほど早鐘を打っていた。無線の向こうにいる相手が、どんな反応をするのか、想像もつかない。長い沈黙が流れた。一分、二分、三分――
やがて、電子音が返ってきた。今までで一番、ゆっくりとした符号だった。
・・-(U) ・-・(R) ・(E) ・・・(S) ・・・・(H) ・・(I) ・・(I)
-・・(D) ・(E) ・・・(S) ・・-(U)
「うれしい、です」の意味だと、航は震える手で解読した。それから、続けてもう一つの符号が届く。
-・-(K) ・(E) ・・(I) -(T) ・-(A) ・・(I)
「けいたい」――「携帯」の意味だと分かるまで、航は少し時間がかかった。次に届いた符号は、電話番号を表す数字の羅列だった。
「連絡先を、教えてくれるのか……」
航は震える手で、その数字を丁寧に書き写した。無線でしか繋がれなかった二人の距離が、その夜、初めて縮まった瞬間だった。
* * *
一週間後、二人は初めて電話で言葉を交わした。無線越しの符号ではなく、生の声で聞くJR2-YUKIこと、宮沢みやざわ結ゆきの声は、想像していたよりずっと柔らかかった。
「なんか、変な感じですね。声で話すの」
「俺も、同じこと思ってました。……あの、良かったら、今度会いませんか。直接、話したいことがたくさんあって」
「はい。私も、そう思ってました」
電話越しの声が、無線の符号よりもずっとまっすぐに、航の胸に届いた。半年間、点と線だけで紡いできた二人の物語は、これから新しい章へと進もうとしていた。
窓の外、夜空に浮かぶ星々が、二人の新しい始まりを静かに見守っているようだった。