[新連載] 恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない
第二話
……翌日の、五時間目。
終了のチャイムが鳴ったその瞬間。
今度こそ声をかけようと、斜めうしろを向いたのに。
千雪がわたしを……スルーした。
「ちょっと、海原」
わたしは隣席のアイツに声をかけると。
「ついてきて」
教室をでて、横にある非常扉をあけろと合図する。
「で? なんなの、あの態度?」
非常階段の踊り場で、わたしは心あたりについていますぐ答えろと。
人差し指を鼻先につきつけながら、アイツとの距離をつめていく。
「あ、あの。高嶺由衣さん?」
「は?」
なんでそこで、フルネーム?
「いや。なんていうか……僕への態度、ひどくないか?」
なにそれ、そんなの別にどうでもいいじゃん。
「アンタさぁ、中学から五年連続で同じクラスで席もずっと隣でしょ?」
なのにいまさら、遠慮する必要がどこにあるわけ?
「いいから、答えて」
わたしが、さっさと本題に戻れとうながすのに。
まだ海原の表情が、なにかをいいたげだ。
「なに? まだ文句あんの?」
「ち、近くないか?」
「は?」
「い、いやその……」
ふと気がつけば。
わたしはアイツを壁際に追いこんだ上に、つま先を踏んでいて。
しかもなにこの距離?
ちょっと視線をあげたら……目の前にアイツの顔がある。
「は、早くいいなよね!」
わたしは強気な口調と裏腹に。
ややうろたえながら……うしろにさがると。
「近寄るな、バカ」
「ええっ……」
自分の動揺を悟られないように、アイツをキッとにらんでみる。
……あぁ、なんなのこの『距離感』。
「べ、別になにもないし。千雪のこと、聞いてただけだし」
半分事実、いや半分以上は事実だから。
「で、あの子なんで怒ってんの?」
わたしは適度な距離に離れてから、再度海原に質問する。
「……昨日市野さんに、電話しただろ?」
「えっ?」
「たぶん、それだ」
「それって……わたしが原因ってこと?」
ポスターはりにでたままで戻らないアンタに、聞きたいことがたまってきたから。
早く放送室に戻らせてと連絡しただけなのに。
それで千雪が怒ってるなんて。
全然意味が……わからない。
「っていうか、アンタのせいじゃん」
「えっ?」
「アンタがスマホ持ってないから、悪いんじゃん!」
「ええっ?」
高二になってもスマホがないとか、勝手にしたらと思っていたけど。
それでとばっちりを受けるんなんて、まっぴらごめんだ。
「もう面倒だから、さっさと買いなよね」
「いや、それは……」
「なんで? アンタがスマホ持ったら、わたしだっていろいろ……」
「……ん?」
「……なんでもない」
もっとアンタと、いろいろ連絡できる。
思わずそう口にしかけて、でもその次の瞬間。
なんだか一気に、わたし以外の『海原を囲む人たち』の顔が浮かんできて。
……そうしたらみんなが、スマホ経由でなにをしだすかわからないと気がついた。
「訂正、やっぱスマホ不要」
「へ?」
「あと千雪も。いちいちスマホで連絡しないでってことでしょ?」
「え?」
狐につつままれたみたいな顔のアイツを前に。
わたしは『スマホを持つな』と、念押しすると。
「以上!」
海原の背中を押して……教室に戻ることにした。
……由衣の声は、とてもよく響くので。
だからこれを、盗み聞きだとは……いわないでほしい。
非常階段を近道にして、急ぎの書類を渡しに向かったのは。
近頃わたしより、もっと機嫌の悪い『放送部副部長』のいる三年一組だ。
「あら千雪、早かったわねありがとう」
ニコリともせず感謝を述べるあの人は。
どちらかというと、機嫌が悪いのではなく。
ただ気難しいだけかもしれないけれど。
とにかく、教室に戻ろうと階段をのぼっていたところ。
ふたりの会話が……聞こえてしまった。
由衣の声は、よくとおる。
おまけにあの彼の前だと、どんなときでもその音は。
とっても弾んで、うれしそうによく響く。
そしてそんな由衣の『口撃』を前に、さすがの海原君も。
ふたりで『裏道』に向かっていたとはいえないらしい。
……別に、話してくれてもよかったのにな。
これは、いまのわたしの本音。
そして、あのときの海原君の本音はきっと。
スマホで呼びだされて……ホッとしたはずだ。
少し時間をおいて、わたしが教室に戻ると。
由衣と視線がバッチリあう。
「なあに、由衣?」
ニコリとしたわたしを見ると、由衣は勢いよく席を立ち。
「やった、千雪が笑った!」
そういいながら、わざわざギュッと抱きしめにくる。
「海原が、バカでごめんね!」
由衣のその『勘違い』は
わたしの心を……やや荒めに波立たせるけれど。
あえて声には、しないでおくね。
……だからね、由衣。
そのかわりに、教えてほしいの。
あなたはどのくらい……『海原君なし』でも耐えられそう?
「……えっ?」
「どうかした、由衣?」
「千雪、いまなにかいった?」
「……なんでもない」
わたしは、サッと彼女を抱きしめてから。
「ほら、はじまるよ」
そういって彼の『隣の席』へと、座らせる。
隣同士の席が、五年も『偶然』続いているからとはいえ。
由衣は少し……油断しすぎじゃないかな?
「どう思う、海原君?」
「ん? なにが?」
「さぁ。なんでもない」
まだ『誰のものでもない』彼はこのとき。
不思議そうな顔で、わたしを見たけれど。
おそらく彼は、このときすでに。
わたしがこの先『なにか』を伝えてきそうだと。
それくらいのことは……想像していたに違いない。