悪役令嬢の護衛騎士に転生したので、最推しのために世界を創ります!
「ディアナ・フォン・ダルリアッド!
お前との婚約を破棄する!」
「…………」
玉座の間。
国王夫婦の眼の前で行われた婚約破棄。
「陛下の了承はすでに得ている!
学院において、私からの愛を得られないからとミルル・グラン男爵令嬢に行った嫌がらせの数々!
侯爵令嬢に有るまじき言動と恥を知れ!」
「………………」
並み居る貴族たちの前に一人突き出されて、吊るし上げを受けている一人の令嬢。
「…………ディアナよ、お前には幻滅したぞ……」
神経質そうな口髭の男、ダルリアッド侯爵が娘であるディアナを冷たく見つめる。
「殿下……そんなにディアナさまを責めないでくださいませ……!
私が、私がきっと知らない内にディアナさまを傷付けてしまったのです……!」
「ミルル……なんて、優しい子なんだ。
君は悪くないよ。
すべては性根のネジ曲がった、あの女が悪いんだ!」
誰一人として味方のいない状況に、例え王妃教育を受けた令嬢とはいえ、十六歳の少女が何も感じないはずが無かった。
「…………」
侯爵家を守るために父親からも切り捨てられ。
幼い頃からの婚約者であるランドルフ皇太子には、無実の罪で捨てられ……。
玉座の間に呼ばれる前に、きつくきつく父親から王家に逆らうなと厳命されたディアナに助けなど来ない………………はずだった。
「……恐れながら、宜しいでしょうか?」
「……え……」
燃え上がるような赤毛を一本のおさげに纏めた女騎士が進み出た。
「我が主、ディアナ様への嫌疑についてお聞きしたいことが有ります」
透き通った翡翠の瞳が、強い意志を持って煌めいた。
「我が主は、その令嬢に対して学院を含む全ての場において危害を加えておりません。
ディアナ様には、ダルリアッド侯爵家当主の名の下に何人もの護衛騎士が手配されております。」
皇太子曰く、ミルルを階段から突き落としたり、熱い紅茶をかけたり、髪を掴んで切ろうとしたなどの嫌がらせ行為を直接ディアナが行った。
「皇太子殿下が侯爵家の護衛騎士が側を離れたこととなります。
私を含む護衛騎士は、ディアナ様から離れておりません。
もしも、本当にそのような真似をディアナ様が行ったとすれば、私達護衛騎士の目の前で行ったこととなります。
即ちそれは、侯爵家当主が男爵令嬢への危害を推奨していたことになりませんか?」
「なっ……!
ジゼル・クロフォード!
くだらん戯言を申すなっっ!!」
槍玉に挙げられたダルリアッド侯爵が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「だからこそ、証拠の提示を求めます。」
「ひどいです……!
私を疑うのですかっ……!」
「証拠など必要ない!
ミルルが被害を受けたと言ったのだ!
被害者であるミルル本人が犯人を間違うはずがないだろう!」
悲しげな表情のミルルが、ランドルフの腕に縋り付く。
そうすれば、怒りが籠もった目でジゼルを咎めるように睨みつけ、叫んだ。
「所詮は護衛騎士の分際で高位貴族の我らに逆らうなど!
我が家の屋敷の敷居を二度とまたげぬと思えっっ!!」
唾を飛ばす勢いでジゼルに向かって叫んだダルリアッド侯爵。
「我がダルリアッド侯爵家は、王家への忠誠心は王国一と心得ております!」
だが、すぐに王族に取り入るように薄っぺらな笑みを浮かべた。
「ふむ、殊勝な心掛けだな。
どちらにしても、護衛騎士如きが口を挟むことではない。
嫌がらせをした犯人は、すでに決まっている。
ゆえに、これ以上の詮議は必要ない。」
「陛下。
所詮は騎士を名乗っていても、王国騎士団にすら所属していない成り損ないでしてよ。
その程度のことも分からぬのですわ。」
「その通りだな、我が后よ。
成り損ないとはいえ、騎士ならば王家の意向に従うがよい。」
面倒そうに手を振って答えた王と、興味なさそうに美しく整えた己の爪を見詰めている王妃。
「陛下達の仰る通りだ!
一貴族の護衛騎士と有ろうとも、騎士を名乗るならば王家に従うものだ!」
我が意を得たりとばかりに鼻息荒く傲慢に嗤う皇太子ランドルフ。
「ディアナ・フォン・ダルリアッド!
貴様は未来の皇太子妃に対して無礼を働いたのだ!
だが、心優しいミルルの願いを受け入れ、貴族より除名と王国内からの追放処分で済ませてやる!」
「…………畏まりました」
表情を動かすことなく、頭を下げるディアナ。
その黄金の髪が動きに従って揺れ、菫色の瞳に影を落とす。
「お前も文句あるまい?」
「……分かりました。
陛下ならびに殿下のご意向に従います。」
無表情で頭を下げるジゼルに、ランドルフが傲慢な笑みを浮かべた、が……
「ご意向に従い、己も我が主に付き従います」
下げていた頭を上げ、燃え上がる覚悟を宿した翡翠の瞳で王侯貴族たちを見据えるのだった。
国境沿いの深い森。
森の奥で王家の馬車から降ろされた二人の女。
すでに、森には夕闇が迫りつつあった。
「…………」
「ディアナ様、寒くはありませんか?」
侯爵家から絶縁され、簡素なワンピース一枚で着の身着のまま馬車に押し込まれたディアナ。
その隣には、侯爵家の護衛騎士の鎧も、剣も全てを捨てて来たジゼルが愛剣一本を手に立つ。
「…………」
無言で地面を見つめるディアナ。
そんなディアナを見るジゼルの心の中は…………大騒ぎだった。
「(いっやぁぁぁぁぁぁっっっ!!
本物のディアナちゃま、かぁわぁい、いぃぃぃっっ!!!)」
無表情のジゼルの視界に映る長い黄金の髪、菫色の瞳、目元の涙ボクロ。
全てが乙女ゲーム"光の乙女に祝福を!"に登場したスチルと同じか、それ以上に美しい悪役令嬢ディアナにジゼルは興奮していた。
「(本気……え、本気?)」
ディアナの護衛騎士の一人として控えていた玉座の間で始まった断罪劇。
何処かで見たことが有るなどと、既視感を覚えていた脳内に走った電光のような衝撃。
「(……気が付いた時には……最推しのために、口を挟んじゃったけど悔いはない!)」
前世など大して覚えてはいない。
いや、最推しへの愛と趣味のゲームに関する記憶ならば脳みそにガッツリと刻み込まれている。
もしかしたら、それ以外も思い出すかもしれないが……最推しが最優先だ。
「ジゼル」
「はい、ディアナ様」
ぐるぐると思考を巡らせていれば、瞳を伏せていたディアナがジゼルの名を呼んだ。
「ジゼル、これ以上……私に従う必要は有りません。
……あの場で口を挟まなければ……貴女まで、このような場所に捨てられることも無かったのに……」
悲しげに瞳を揺らすディアナは、真っ直ぐにジゼルを見た。
「私には、何もありません。
貴女が私に付き従っても、返せる物は何一つとして無いのです。」
父親を含む家族に、婚約者に捨てられた女に返せる物は無い。
そんな自分の側に居させるなど…………可哀想な真似は出来ない。
「騎士としての実力がある貴女一人ならば、森を通り抜けて他国で新たな主に巡り合うことも出来るでしょう。
……だから、私のことは……もう、捨て置いて構いません。」
悲しみに満ちた心を悟られないように、ディアナは微笑む。
全てに捨てられたディアナを、唯一捨てなかったジゼルの心が嬉しかった。
「お断りします。
我が主、我が剣を捧げる方は、ディアナ様のみ。」
「ですが、私は何も返せぬのです……!」
ディアナの菫色の瞳が涙で潤む。
零れ落ちそうな涙の粒を必死で堪えるディアナの目尻を、ジゼルが優しく拭う。
「ディアナ様が微笑んで下さる。
それだけで、私は幾らでも強くなれます。
心から幸せだと、生きる喜びを見出だせます。」
無表情で無口なジゼルが、微かに微笑む。
「(いっやぁぁぁぁっっ!!
可愛くて綺麗な麗しのディアナちゃま以外に仕えるなんて死ぬっ!
心が死ぬ!死んでしまうっっ!!
折角!合法的に間近でディアナちゃまにお仕えできるのに!
最推し以外に仕えて死ぬくらいなら!
ディアナちゃまの盾になって死にたいぃぃぃっっ!!!)」
……しかし、その胸中は大暴れだった。
「ディアナ様には私がいます。
私はディアナ様の剣(つるぎ)、ディアナ様だけの騎士です。」
まるでお伽噺の一幕のように、ジゼルはディアナの前に跪く。
「我が忠誠、我が命。
すべては、我が生涯の主たるディアナ様のために。
どうか、私に貴女様の剣として、お側に侍る栄誉をお与え下さい。」
ディアナの眼の前に跪き、真っ直ぐに見詰めてくる女騎士。
その心に、ディアナは白くて細い指先で口元を覆った。
「本当に……私で、良いのですか?
貴族としての立場も、すべてを失った……ただの女です。
……それでも、宜しいのですか?」
「構いません。
私はディアナ様が良い……それだけです。」
耐え続けていたディアナの瞳から、宝石のように輝く大粒の涙が次々と流れ落ちる。
「ジゼル、許す……許します……!
だから……どうか、私の側に居てくださいませ……!」
「光栄です、ディアナ様。」
「ですが……一つだけ、約束をして下さいませ」
涙で濡れた菫色の瞳で、ジゼルを見上げるディアナ。
「どうか……死なないで下さい。
私を、一人にしないで……!」
「ディアナ様……」
「ごめんなさい……!
もし……もし、貴女が死ぬときは……私も一緒に連れて逝って下さい……!」
お願いです……!と縋るように告げたディアナに、ジゼルも覚悟を決めた。
「分かりました、我が主。
もし、この命が尽きそうな時には……共に逝きましょう。」
「っ…………はいっ……!」
ディアナは目を開き、心から嬉しそうに目を細め幸せそうに微笑んだのだった。
その日の夜。
「(……やっぱり疲れているよね……。
寝顔もヤバいくらいに可愛いのに……!
真面目で一生懸命なディアナちゃまよりも、あの男爵令嬢を選ぶなんで目ん玉腐ってんだろっ!)」
前世の記憶を無理やり引っ張り出し。
サバイバルの火起こしだけは、何とか脳みそから捻り出したジゼル。
「( …………あ、でも……あんなクソ皇太子の妻になるのも地獄かも。)」
ジゼルが何とか起こした火種を元に、焚き火をする傍らでディアナが静かに眠る。
「(……貴族の令嬢として育てられたディアナちゃまには……サバイバルは負担か大き過ぎる。
少しでも早く雨風を凌げる拠点を準備しないと……!)」
運よく襲われていないが、今後も魔物に襲われない保証は何処にもない。
「(……拠点……拠点……要塞は論外。
鉄……石……木……作る…………作る?)」
ジゼルは、ふと周囲を見回す。
深い森、木々、岩、土…………こんな感じの条件で始まるのは、乙女ゲームでは無い。
「作る……組み立てる…………っ!」
ジゼルの脳内に閃光が走り、弾ける。
『固有スキル"構築"が変質しました』
『隠された条件を満たしたため、新たなスキルへと進化します』
『神々の祝福"無限工房・世界構築"』
一瞬の無音。
「……え?
つまり……愛の巣、じゃなくて家を作れる?」
悪役令嬢として追放された侯爵令嬢に、底知れ無い忠義を捧げ続けた女騎士がいた。
追放された地で家を要塞を創り上げ、魔物を従え、街を作り上げた侯爵令嬢と女騎士。
誰よりも、何よりも、最推しに愛を捧げた女騎士が、心の中で愛を叫びながら最推しのために生きる物語である。
