行き遅れ子育てメイドは冷徹侯爵さまに玉砕前提のプロポーズをする!~「わかった、結婚しよう」って私たち初対面ですけど大丈夫ですか!?~
もしかして乗り気ではない?
アンナは常日頃、子育てメイドよろしく洗いやすさと頑丈さと動きやすさを優先した地味なドレスを身に着けている。
髪型も、子どもに引っ張られることもなければスープの皿に毛が落ちることもないような目の固い編み込みが基本だ。
一切の無駄を排除し、子育ての効率だけに特化したその姿は公爵邸の若いメイドたちに「クソダサイ」と陰で言われているのを偶然耳にしてしまい知っていたが、流行病の時期に洗濯すら一苦労であったことを覚えているアンナは今さら変えようとは思わなかった。
クソダサメイドスタイルはアンナの戦闘着なのである。
とはいえ、さすがにそのままの服装では使用人と間違われ、夜会会場では受付で入場を拒否されてしまうだろう。
どれほどその姿を誇らしく思っていても、時と場を考えない服装は自分が恥ずかしい以上に周囲にも居た堪れない思いをさせるものとわきまえている。
そこで、この日は仕事を早めに切り上げてきた後、最低限のドレスに着替えていた。
しかし、髪や肌に特別の手入れをしたわけでもなければろくに化粧もしていない。
鏡の前に立ってみればどうしてもみすぼらしく思えたが「せっかくの夜会なのだから頑張ってめいっぱい綺麗におしゃれをして行かなければ」と気持ちを切り替えられなかったのは、人生初で恐らく最後となるだろうプロポーズに対して前向きな思いが一切なかったからという理由に尽きる。
今日このプロポーズに関しては、成功率を一パーセントでも上げてはいけないという強い思い込みがあった。
確実に振られなければいけない。
(ウォーレン・ミッドフォード冷徹侯爵といえば「女にだらしない、一度限りの相手は数え切れない」と言われる色男ですからね。もしかしてだけど、ほんの少しでも私に興味をひく部分があったら「たまには変わったのでも食ってみるか」なんて気を起こさないとも限らないでしょう。そんな気も絶対に起きないようなクソダサイ私でいたほうがいいのよ。クソダサは防御力高めなんです)
ありがとう、おしゃれで可愛いくて舌鋒鋭い新人メイドさんたちと心の中で感謝を述べる。忖度のない感想を聞かせてくれたおかげで、アンナは負の方面に絶大な自信を持つことができた。
この姿であれば、常日頃女性に困っていないという引く手あまたの男性に好かれることなど天地がひっくり返ってもあり得ない。
アンナそう確信していたのだ。
「わかった。結婚しよう」
どの角度から見ても麗しい顔立ちのウォーレンは、アンナを見下ろしてきて形の良い唇を開いてそう言った。
わかった?
(えっ? うわっ、顔が良すぎて目が痛い、眩しい。近づかないで欲しい。燃えて焦げてこの世から消滅してしまいそう、私が)
自分で呼び止めたものの、ウォーレンに一歩近づかれただけで思わず目を瞑りそうになりつつ、アンナは一歩後退した。その動きを、ウォーレンは見逃さなかった。
「どこへ行く? 結婚するんだろう?」
これは大変まずいことになった、とアンナは自覚した。
彼はアンナがプロポーズをした事実を正確に認識した上で、受け入れている。つまり結婚に対して乗り気になっている。
(そんなことある? 無いない、きっとからかわれたことを怒ってやり返されているのよね!)
なにしろウォーレンの悪評の中には「難攻不落の社交界最後の砦で絶対に結婚には応じない独身主義者」というのもあったのだ。
冗談でも「結婚しよう」などと言うはずがない。
女癖の悪すぎる彼が覚えていないだけで、もしアンナがこれまで彼がポイ捨てしてきた星の数ほどの女性の中のひとりであれば、彼の「結婚しよう」という返事は危険過ぎる。それこそ、そのまま彼の腕を取り人前で宣誓しようと走り出してしまうかもしれないではないか。
(そうですよ、完全に見知らぬ他人だからこそ成り立つ意趣返し……。私のようなクソダサイ女とは、一夜の遊びすらしていない確信があるからこそのお返事ですよね? でももしかしたら、他の誰かと間違えている可能性もある?)
絶対に無いとは思いつつも、アンナは本人に確かめずにはいられなかった。
「ええっと……。あなたはウォーレン・ミッドフォード侯爵様……だと思って私は話しかけているんですが、閣下は私が誰かご存知ではないですよね?」
ウォーレンは一度瞬きをし「ああ」としっかりと頷いた。
「君は誰なんだ?」
この返事を聞いて、アンナは千分の一くらいあるかなと一瞬疑った「昔からの知り合い」「もしかすると前世の知り合い」の可能性を二重線で消した。違う、まったくの初対面だ。
「アンナ・ギボンズと申します。普段はモリス公爵邸で子守りの仕事をしています。今日もつい先程まで仕事をしていて、着替えだけしてきたのでこの見た目です。見えていますか?」
質問の意図を捉えようとするかのように、ウォーレンは目を細めて考える仕草をした。すぐに結論が出たようで「見えている」とあっさり言った。
「目は悪くない。この距離で向かい合って立っている相手の顔は十分に見えている。ちなみに平原だとかなりの遠距離でもいける。野生のライオンか俺かという」
何か不思議な視力アピールをされたが、アンナは重ねて尋ねた。
「服装も見えていますか」
「白いドレスだ。光の加減で凹凸感のある模様が浮かぶ凝った織り生地だな。マンドラゴラに似ている。合っているだろう? 残念ながら俺は生地の来歴のようなものには詳しくない。でもマンドラゴラみたいなのは気に入った。マンドラゴラのことは好ましく思っている」
マンドラゴラに何か思い入れがあるのだろうか? 好ましいというからにはあるのだろう。ぜひ詳しく聞いてみたかったが、いまは横道に逸れている場合ではないので断念する。なぜなら、結婚するか否かの話の最中であるからだ。
(まったくの見知らぬ女で、この見た目だということもわかっていて、なぜ冷徹侯爵様はこんなに乗り気なのでしょうか……! マンドラゴラに似ているから? それどういう感情?)
ウォーレンは、ここでようやくアンナが引いていることに気づいたようだ。いまさらながら「あれ?」という顔になり、確認するように尋ねてきた。
「もしかして乗り気ではない?」
「逆にですよ、逆になぜあなたさまはそのように乗り気で前向きなのでしょうか?」
髪型も、子どもに引っ張られることもなければスープの皿に毛が落ちることもないような目の固い編み込みが基本だ。
一切の無駄を排除し、子育ての効率だけに特化したその姿は公爵邸の若いメイドたちに「クソダサイ」と陰で言われているのを偶然耳にしてしまい知っていたが、流行病の時期に洗濯すら一苦労であったことを覚えているアンナは今さら変えようとは思わなかった。
クソダサメイドスタイルはアンナの戦闘着なのである。
とはいえ、さすがにそのままの服装では使用人と間違われ、夜会会場では受付で入場を拒否されてしまうだろう。
どれほどその姿を誇らしく思っていても、時と場を考えない服装は自分が恥ずかしい以上に周囲にも居た堪れない思いをさせるものとわきまえている。
そこで、この日は仕事を早めに切り上げてきた後、最低限のドレスに着替えていた。
しかし、髪や肌に特別の手入れをしたわけでもなければろくに化粧もしていない。
鏡の前に立ってみればどうしてもみすぼらしく思えたが「せっかくの夜会なのだから頑張ってめいっぱい綺麗におしゃれをして行かなければ」と気持ちを切り替えられなかったのは、人生初で恐らく最後となるだろうプロポーズに対して前向きな思いが一切なかったからという理由に尽きる。
今日このプロポーズに関しては、成功率を一パーセントでも上げてはいけないという強い思い込みがあった。
確実に振られなければいけない。
(ウォーレン・ミッドフォード冷徹侯爵といえば「女にだらしない、一度限りの相手は数え切れない」と言われる色男ですからね。もしかしてだけど、ほんの少しでも私に興味をひく部分があったら「たまには変わったのでも食ってみるか」なんて気を起こさないとも限らないでしょう。そんな気も絶対に起きないようなクソダサイ私でいたほうがいいのよ。クソダサは防御力高めなんです)
ありがとう、おしゃれで可愛いくて舌鋒鋭い新人メイドさんたちと心の中で感謝を述べる。忖度のない感想を聞かせてくれたおかげで、アンナは負の方面に絶大な自信を持つことができた。
この姿であれば、常日頃女性に困っていないという引く手あまたの男性に好かれることなど天地がひっくり返ってもあり得ない。
アンナそう確信していたのだ。
「わかった。結婚しよう」
どの角度から見ても麗しい顔立ちのウォーレンは、アンナを見下ろしてきて形の良い唇を開いてそう言った。
わかった?
(えっ? うわっ、顔が良すぎて目が痛い、眩しい。近づかないで欲しい。燃えて焦げてこの世から消滅してしまいそう、私が)
自分で呼び止めたものの、ウォーレンに一歩近づかれただけで思わず目を瞑りそうになりつつ、アンナは一歩後退した。その動きを、ウォーレンは見逃さなかった。
「どこへ行く? 結婚するんだろう?」
これは大変まずいことになった、とアンナは自覚した。
彼はアンナがプロポーズをした事実を正確に認識した上で、受け入れている。つまり結婚に対して乗り気になっている。
(そんなことある? 無いない、きっとからかわれたことを怒ってやり返されているのよね!)
なにしろウォーレンの悪評の中には「難攻不落の社交界最後の砦で絶対に結婚には応じない独身主義者」というのもあったのだ。
冗談でも「結婚しよう」などと言うはずがない。
女癖の悪すぎる彼が覚えていないだけで、もしアンナがこれまで彼がポイ捨てしてきた星の数ほどの女性の中のひとりであれば、彼の「結婚しよう」という返事は危険過ぎる。それこそ、そのまま彼の腕を取り人前で宣誓しようと走り出してしまうかもしれないではないか。
(そうですよ、完全に見知らぬ他人だからこそ成り立つ意趣返し……。私のようなクソダサイ女とは、一夜の遊びすらしていない確信があるからこそのお返事ですよね? でももしかしたら、他の誰かと間違えている可能性もある?)
絶対に無いとは思いつつも、アンナは本人に確かめずにはいられなかった。
「ええっと……。あなたはウォーレン・ミッドフォード侯爵様……だと思って私は話しかけているんですが、閣下は私が誰かご存知ではないですよね?」
ウォーレンは一度瞬きをし「ああ」としっかりと頷いた。
「君は誰なんだ?」
この返事を聞いて、アンナは千分の一くらいあるかなと一瞬疑った「昔からの知り合い」「もしかすると前世の知り合い」の可能性を二重線で消した。違う、まったくの初対面だ。
「アンナ・ギボンズと申します。普段はモリス公爵邸で子守りの仕事をしています。今日もつい先程まで仕事をしていて、着替えだけしてきたのでこの見た目です。見えていますか?」
質問の意図を捉えようとするかのように、ウォーレンは目を細めて考える仕草をした。すぐに結論が出たようで「見えている」とあっさり言った。
「目は悪くない。この距離で向かい合って立っている相手の顔は十分に見えている。ちなみに平原だとかなりの遠距離でもいける。野生のライオンか俺かという」
何か不思議な視力アピールをされたが、アンナは重ねて尋ねた。
「服装も見えていますか」
「白いドレスだ。光の加減で凹凸感のある模様が浮かぶ凝った織り生地だな。マンドラゴラに似ている。合っているだろう? 残念ながら俺は生地の来歴のようなものには詳しくない。でもマンドラゴラみたいなのは気に入った。マンドラゴラのことは好ましく思っている」
マンドラゴラに何か思い入れがあるのだろうか? 好ましいというからにはあるのだろう。ぜひ詳しく聞いてみたかったが、いまは横道に逸れている場合ではないので断念する。なぜなら、結婚するか否かの話の最中であるからだ。
(まったくの見知らぬ女で、この見た目だということもわかっていて、なぜ冷徹侯爵様はこんなに乗り気なのでしょうか……! マンドラゴラに似ているから? それどういう感情?)
ウォーレンは、ここでようやくアンナが引いていることに気づいたようだ。いまさらながら「あれ?」という顔になり、確認するように尋ねてきた。
「もしかして乗り気ではない?」
「逆にですよ、逆になぜあなたさまはそのように乗り気で前向きなのでしょうか?」