選ばなかった人生
避難所の入口で私は立ち止まった。
その先には大勢の人がいる。
誰かの母親。
誰かの父親。
誰かの子供。
誰かの家族。
私はその中へ一人で戻っていく。
そして、あの二人の背中を思い出した。
「お母さん」と呼ばれていた頃。
あの頃の私はその言葉が永遠に続くと思っていた。
違った。
永遠だったのはあの時間ではない。
私がその時間を失ったことだけだった。
私は空を見上げた。
そして誰にも聞こえない声で呟いた。
「ごめんね」
返事はない。
「もう一度だけ……お母さんって呼んで」
もちろん返事はない。
遠くで子供の笑い声が聞こえた。
私は目を閉じた。
あの日、私が望んだ人生は手に入った。
お金もあった。
自由もあった。
何も不自由しなかった。
それでも今、私は人生で初めて知った。
選ばなかった人生にも確かに幸せはあったのだ。
そしてその幸せはもう二度と私のものにはならなかった。
End


