スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
 翌日、すっきりとした秋晴れの下。私は【オリオングループ】と書かれた高層ビルの前で、一度深呼吸をした。

 スーツを着るのは久しぶりだ。いつもは私服で出勤し、ロッカールームで着替え身なりを整えてからロビーに出る。だからなんだか、今日は新卒に戻ったような気分だ。

 受付で名前を告げると、すぐに上階を案内された。
 乗り込んだエレベーターはシースルー。見慣れた東京の街が、上階に向かうにつれて開けていく。足元を走る首都高にはミニカーのような車列が行き交っており、その北、自然豊かな都立公園の隣には我がオリオンレジデンスホテル東京がそびえ立っている。

 今頃、あそこに出勤していたはずなのに。ロビーは今日も、平和だろうか。

 ついそんなことを考えてしまい、私は小さく頭を振った。昨日、獅子内様に『足手まといにならぬようしっかりと頑張ります』と告げたばかりだ。気持ちを切り替えなくては。

 やがて目的の階へ着く。他の社員も行き交う普通のオフィスフロアのようで、私は幾分安堵する。

 だが、指定された会議室に入った瞬間、再び緊張がこみ上げた。
 そこにいたのは、獅子内様ひとり。ビジネススーツに身を包んでいるが、いつものように隙なくそれを着こなしている姿は、彼が御曹司であることを雰囲気で伝えてくる。さらに、研修室のような小さな空間であることに、私は余計に緊張してしまう。

「いらっしゃい。そんなに硬くならないで」

 にこりと微笑み、獅子内様が言う。

「よろしくお願いします、獅子内様」

 私も笑顔を浮かべてそう言った。だが、すぐに彼が再び口を開く。

「父も兄も獅子内だから、ここでの呼び名は変えてもらえると嬉しいな」

 なるほど、オリオングループ会長は彼の父親。お兄さんもオリオングループの基幹事業である大川電鉄の社長を務めているから、他にもこの建物内には彼の親族である〝獅子内〟姓の社員がたくさんいるのかもしれない。

「では、北斗様とお呼びしてもよろしいでしょうか」

 すると、彼は「ははっ」と小さく笑った。

「〝さん〟でいいよ。俺はもう、君のお客様じゃない」

 つい、体がぴくりと震える。

「……北斗、さん」

 なんだか緊張してしまい、小さな声になってしまった。だが、彼はすぐにさらりと言う。

「ありがとう、琴子さん」

 思わず目を見張った。なぜ、私まで名前呼び!?

 異性に名前を呼ばれるなんて久しぶりで、それだけで顔が火照ってしまう。

「君だけが名前で呼ぶのは、フェアじゃないと思ったから」

 なんだか楽しそうな北斗さんの笑顔を見ていると、業務に支障がないならそれでもいいか、と思う。

「ほら、どうぞ。ここに座って。さっそく打ち合わせをしよう、琴子さん」

 彼が手前の椅子を引いてくれる。それで、私は大人しくそこに腰かけた。

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