さよなら、ブラック
4 温かい手
あんなことがあって、歩はわたしの心の中に何かしらあることに気づいたようだったけれど、それが何なのかを尋ねようとはしなかった。
今までと同じように、わたしに接してくれた。
その優しさが、とても痛かった。
わたしは、彼の期待に応えられていない。
わたしのせいで、歩を苦しませているのではないか、そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
わたしも、歩が好きなのに。
そんな時。
わたしは、たちの悪い夏風邪をひいてしまった。
高熱が出て動けない。
ベッドの上で天井を眺めていると、天井がぼやけたり歪んだりするので、これは重症だと思い、歩に助けを求めた。
授業が終わってからでいいと言ったのに、歩は買い物袋を下げ、血相を変えて飛んできた。
ひとり暮らしを始めてからアパートに歩はおろか、男性を上げることも初めてだった。
でも、高熱のせいで思考がぼんやりとして、そんなことは今、最重要課題ではなかった。
初めてわたしの部屋にやって来た歩は、少し遠慮がちにしていたが、わたしがふらふらとよろけると、
「いいから、寝てて」
と言って、わたしを優しくベッドに寝かせてくれた。
「ありがと……」
かすれてしまった声でそう言うと、
「気にしないで」
と言って、優しい笑みを浮かべた。
歩は、さっき買ってきたレトルトのおかゆを温めてくれたり、額にぬれたタオルをのせてくれたりと、そこまでしてもらわなくてもいいのに、とこちらが遠慮してしまうくらい優しくしてくれた。
「ありがとう」
わたしは歩の手をそっと握った。
歩はにっこり微笑んで、
「俺を頼ってくれて、嬉しかった」
と言って、わたしの頬にそっとキスした。
わたしの体の芯が、一瞬熱をおびた。
「そんなことしたら、風邪、移っちゃう」
鼻まで布団をかぶって、歩の顔をちらりと見た。
すると、彼はにやりとして、
「みちるの風邪なら、喜んでもらってやる」
と言った。
そんな馬鹿なことを言ったばっかりに、歩は本当に風邪をしっかりもらってしまった。
「風邪 助けて」
と、まるで電報のようなメッセージが届いたので、今度はわたしが歩のアパートへ行くことになった。
男性の部屋へ上がるのは、もちろんあいつの部屋以来で、歩のアパートが近づくにつれて、体が固くなっていった。
わたしは看病に行くだけなのに。
しかも、それは歩の家なのに。
夕暮れの道を自転車で走りながら、体が固くなる自分が嫌になった。
歩の部屋のチャイムを鳴らすと、着ていてよけいに疲れるのではないかと思うような、目が覚めるような赤いパーカーをはおって現れた。
「ありがとう」
そう言って、ごほごほと咳込む。
「いいからいいから。寝てて」
歩はこくりとうなずいて、背中を丸くしてベッドへ向かった。
彼の背中を見た時、広い背中いっぱいにでかでかと「HELP ME!」と書かれていたので、わたしは思わず吹き出してしまった。
何がおかしいの?と言いたげに、歩はわたしを振り返ったので、
「なんでもない、なんでもない」
と言いつつ、必死で笑いをこらえた。
歩の部屋は、単行本や雑誌やCDが山のようにあって、棚に入りきらない分が床に積み上げられていた。
情報工学科というだけあって、パソコンの周りには、理解不能なパソコン関係の本が積み上がっている。
黒を基調としたその空間は、まさに男子の部屋だった。
台所を借りておかゆを作ってあげると、歩はゆっくりスプーンを口に運びながら、何度も、
「ありがとう、おいしい」
と言って、なんとか茶碗に一杯食べてくれた。
「みちる」
「なに?」
「ありがとう」
がらがら声でそう言うと、わたしの手をぎゅっと握った。
思わず肩に力が入ってしまった。
それを見破られないように、
「これで、おあいこだね」
と言って、笑顔を作った。
「さあ、もう横にならなくちゃ」
わたしは歩に、ベッドに寝るように促した。
「うん」
歩はベッドにもぐりながら、
「……もう少し、いられる?」
と、やっと聞き取れる声で尋ねた。
今までに見たことのない、歩の甘える姿に少し驚いた。
でも、それがとても愛しく思えて、
「大丈夫だよ」
と、歩の手をぎゅっと握った。
「ありがとう……」
そう言って、歩は目を閉じた。
目を閉じている無防備な歩の顔を見て、わたしは不思議な感覚になった。
キスがしたい。
自分のその気持ちに戸惑った。
あれだけ、自分が避けてきたのに。
愛しいと思うと、キスをしたくなるのかな。
「どうしたの?」
歩は片目だけを開けて、わたしをちらりと見た。
「ご、ごめん。なんでもない」
わたしは何度も首を横に振った。
すると。
「おいで」
歩はわたしの頭に手を回し、やさしく引き寄せた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
そう言って、わたしの髪を何度もやさしく撫でた。
押し込めてあったものが溢れてきて、それが涙になった。
「歩……」
わたしは、彼の胸の中で静かに泣いた。
今までと同じように、わたしに接してくれた。
その優しさが、とても痛かった。
わたしは、彼の期待に応えられていない。
わたしのせいで、歩を苦しませているのではないか、そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
わたしも、歩が好きなのに。
そんな時。
わたしは、たちの悪い夏風邪をひいてしまった。
高熱が出て動けない。
ベッドの上で天井を眺めていると、天井がぼやけたり歪んだりするので、これは重症だと思い、歩に助けを求めた。
授業が終わってからでいいと言ったのに、歩は買い物袋を下げ、血相を変えて飛んできた。
ひとり暮らしを始めてからアパートに歩はおろか、男性を上げることも初めてだった。
でも、高熱のせいで思考がぼんやりとして、そんなことは今、最重要課題ではなかった。
初めてわたしの部屋にやって来た歩は、少し遠慮がちにしていたが、わたしがふらふらとよろけると、
「いいから、寝てて」
と言って、わたしを優しくベッドに寝かせてくれた。
「ありがと……」
かすれてしまった声でそう言うと、
「気にしないで」
と言って、優しい笑みを浮かべた。
歩は、さっき買ってきたレトルトのおかゆを温めてくれたり、額にぬれたタオルをのせてくれたりと、そこまでしてもらわなくてもいいのに、とこちらが遠慮してしまうくらい優しくしてくれた。
「ありがとう」
わたしは歩の手をそっと握った。
歩はにっこり微笑んで、
「俺を頼ってくれて、嬉しかった」
と言って、わたしの頬にそっとキスした。
わたしの体の芯が、一瞬熱をおびた。
「そんなことしたら、風邪、移っちゃう」
鼻まで布団をかぶって、歩の顔をちらりと見た。
すると、彼はにやりとして、
「みちるの風邪なら、喜んでもらってやる」
と言った。
そんな馬鹿なことを言ったばっかりに、歩は本当に風邪をしっかりもらってしまった。
「風邪 助けて」
と、まるで電報のようなメッセージが届いたので、今度はわたしが歩のアパートへ行くことになった。
男性の部屋へ上がるのは、もちろんあいつの部屋以来で、歩のアパートが近づくにつれて、体が固くなっていった。
わたしは看病に行くだけなのに。
しかも、それは歩の家なのに。
夕暮れの道を自転車で走りながら、体が固くなる自分が嫌になった。
歩の部屋のチャイムを鳴らすと、着ていてよけいに疲れるのではないかと思うような、目が覚めるような赤いパーカーをはおって現れた。
「ありがとう」
そう言って、ごほごほと咳込む。
「いいからいいから。寝てて」
歩はこくりとうなずいて、背中を丸くしてベッドへ向かった。
彼の背中を見た時、広い背中いっぱいにでかでかと「HELP ME!」と書かれていたので、わたしは思わず吹き出してしまった。
何がおかしいの?と言いたげに、歩はわたしを振り返ったので、
「なんでもない、なんでもない」
と言いつつ、必死で笑いをこらえた。
歩の部屋は、単行本や雑誌やCDが山のようにあって、棚に入りきらない分が床に積み上げられていた。
情報工学科というだけあって、パソコンの周りには、理解不能なパソコン関係の本が積み上がっている。
黒を基調としたその空間は、まさに男子の部屋だった。
台所を借りておかゆを作ってあげると、歩はゆっくりスプーンを口に運びながら、何度も、
「ありがとう、おいしい」
と言って、なんとか茶碗に一杯食べてくれた。
「みちる」
「なに?」
「ありがとう」
がらがら声でそう言うと、わたしの手をぎゅっと握った。
思わず肩に力が入ってしまった。
それを見破られないように、
「これで、おあいこだね」
と言って、笑顔を作った。
「さあ、もう横にならなくちゃ」
わたしは歩に、ベッドに寝るように促した。
「うん」
歩はベッドにもぐりながら、
「……もう少し、いられる?」
と、やっと聞き取れる声で尋ねた。
今までに見たことのない、歩の甘える姿に少し驚いた。
でも、それがとても愛しく思えて、
「大丈夫だよ」
と、歩の手をぎゅっと握った。
「ありがとう……」
そう言って、歩は目を閉じた。
目を閉じている無防備な歩の顔を見て、わたしは不思議な感覚になった。
キスがしたい。
自分のその気持ちに戸惑った。
あれだけ、自分が避けてきたのに。
愛しいと思うと、キスをしたくなるのかな。
「どうしたの?」
歩は片目だけを開けて、わたしをちらりと見た。
「ご、ごめん。なんでもない」
わたしは何度も首を横に振った。
すると。
「おいで」
歩はわたしの頭に手を回し、やさしく引き寄せた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
そう言って、わたしの髪を何度もやさしく撫でた。
押し込めてあったものが溢れてきて、それが涙になった。
「歩……」
わたしは、彼の胸の中で静かに泣いた。
